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京町家再生研究会

商業偏重の町家再生

大谷孝彦(再生研究会理事長) 
 今、町家ブームに乗って、新たな商業偏重の兆しが気がかりである。経済活性は必要なことであるが、かつての行き過ぎた経済効率優先の活性化がもたらした弊害に気付いた今、歴史や文化という人間性に根拠をおいた持続性ある活性化が必要とされる。それは地域において育まれた個性のある本物の歴史性であり、文化である。そして、町家は本来、職と住が共存し、暮しと生業の調和の中で落ち着きと賑わいのある町並みや界隈を作っていた。
 東山裾野の観光地、産寧坂もかつては観光客の賑わいを見せながらも、落ち着いた京都らしい風情を漂わせた界隈であった。昭和50年に重要伝統的建造物群保存地区に指定され、その環境の維持が保証されたかのように思われた。しかし、最近の様相は少し逆を行っているようだ。最近の京都ブームによって観光客が増えている。喜ばしいことであるが、それ故に、産寧坂地区は京都における四ヶ所の重伝建地区の中でも特に集中して補修改修工事の助成を得て、商業化の様相が更に強くなっている。住が減り、商が増え、職住のバランスが崩れつつある。それにつれて、従来の落ち着いた京都らしさが、少し雑駁な感じに変わり始めているように思われる。人が暮し、その生業としての店とそれらが軒を連ねる町並みには建物の内からも滲み出て来るような味わいが感じられた。しかし、観光客が通る表にだけ目を奪われたまちは、どこか表面的で深みに乏しい。屏風飾りに見るように、祇園祭も家の中での暮しの設えと表の通りが係わりあって、祭の味わいと趣を深めている。
 今ひとつ問題になるのは、最近の店鋪などへの改修工事の危うさである。伝統構法による町家は、基本的構造を残して空間構成を活かす必要がある。基本を無視してきれいさばかりを求めると、構造の危険や維持保全の困難が伴う。将来、次の活用へと建物が持続的に継承されることが京町家の伝統でもある。町家に住む人、活用する人には、町家を今後に残し続ける責任があるとも言えるだろう。
 随分以前に東京のある下町に京風うどんの看板を掲げる店があったが、その味は濃い醤油味で明らかに偽物であった。当時から、そのような下町でも京都ブランドが有効であったのだろう。今、東京を始め、各地に京都の料理屋が出店することも多い。この場合、本物の京料理を提供するのであれば、それは本物の京の出店として理解される。京料理という商品で勝負する訳であるから、単に名前だけがブランドとして一人歩きしている訳ではない。最近は店の構えに京町家の名が付いて出ることがある。前回の本誌にも「京町家の飛び火(富費)」ということで高槻のマンションの1、2階に京町家を作った話が掲載されていた。京都まで来られない人たちへの、京ブランドサービスのひとつだそうだ。京町家を評価することにおいて理解できる面もあるが、気になるところがあり、意見を述べたい。
 かつて、京町家が各地に飛び火した時期がある。戦国の世が終わり、全国に城下町が形成されていった。その折、中央である京都を目標として、京都に倣ったまちづくりをする中で、京町家が各地へと伝播されて行った。そこでは、京都というイメージと各地の地域性が町全体の中で一つになって、小京都としての個性ある町が作られた。また、地方の寺院や民家を訪れると京都の庭師によるという立派な庭に出会うこともある。そこには本物の京都がある。
 しかるに、個性を失った都市の活性化を助けるために持ち込まれる京都ブランドとしての京町家であるが、これは少し状況が異なる。確かに、表に設えられた軒庇や格子は京町家のものであるが、ビルに貼り付けられた京町家の企画は、今流行のテーマパーク的ではないだろうか。殺風景なビルの中でほっとした木造の雰囲気が必要であれば、和風民家であればよいのであって、特に「京町家」で無くてもよい。予算の都合もあり、内部の造作も本物までは難しいであろう。大げさ過ぎる話かも知れないが、大阪や神戸で「京町家」飲食店があちこちに並んでいる状況を想像してみると、なんとも変な気分である。地域の活性化はその地域固有の歴史、文化を活かす形で行われなければ、個性ある本物の活性化にならないはずである。
 まずは商業偏重に問題があると思われる。次に、歴史、文化による活性化は大切なことではあるが、それは本物であり、地域固有のものでなければ、事の本質を見誤まる。かくの通り、うるさいことを言うのも京都の伝統と非難的に受け止められるかも知れないが、やはり、歴史、文化の蓄積の深い京都が、本物の、歴史的ストックによる活性化の範を全国に示さねばならない。
 本誌が京町家についての価値を共有しつつ、色々な考え方を語り合うツールであるという認識のもとに、失礼を省みず、敢えて一石を投じた次第である。京町家ネット会員の皆さんからのご意見をいただければ幸いです。
2005.5.1