• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家友の会


たけのこ

たけのこから竹へ〜春から初夏への私の楽しみ〜
小林亜里(ギャラリーテラ)
 毎年春になると、我が家では欠かさずやらねばならないことがある。西山の農家にたけのこを買いに行くことである。その習慣は、私が京都に来てからの20年余は一度も欠かしたことがないし、その前には姑の習慣でもあったから、もしかすると30年近く続いているのかもしれない。行き先はずっと同じ一軒のたけのこ農家である。京都でも有数のたけのこ産地にあるその農家では、春の気配が訪れるとともにたけのこの出荷におわれる。土の奥から掘り起こされたまだ光も浴びないたけのこは、春の初めにはまだ少しばかり高級すぎて我々庶民の口には届かない。が、先物出荷が一息ついた4月後半、たけのこは本格的な春の日差しとともに土を盛り上げ、次々顔を出してくる。そんな頃が値段も味も我が家の食べ頃である。


出荷作業

お弁当
 農家から「今年も出盛りですよ」と電話をいただくと、私たちは「待ってました!」とばかり日を決めて、いそいそとお弁当をこしらえて車で出かける。農家のおばさんやおじさん、おばあさんらと互いの健康を喜び合い、掘りたてのたけのこを10キロあまりも分けていただいた後は、少し奥手の田んぼの畔にシートを広げ、持ってきたお弁当を食べる。山の空気を吸い込みながら食べるお弁当はおいしい! 子どもたちが幼い頃は、田んぼでレンゲを摘んだり、オタマジャクシやサワガニを捕まえて遊んだものだが、今は大きくなって一緒に来ることは少ない。かわりに愛犬がその役割を受け継ぎ、私と夫、姑、犬のメンバーがひとときを楽しむ。86歳になる姑は山野草に詳しく、「こんなところに茜があった。白花のスミレが咲いていた」と野花を愛でて、いつの間にかはるか遠いところまで歩いている。私はワラビやゼンマイ、水場に生える野生のセリやミツバといった食につながる山菜取りが楽しみだ。夫は崖の取りにくいところに生えるワラビを取ってくれたり、生乾きの田んぼを思いっきり走り回り全身泥だらけとなった犬を沸き水で洗ったり、はたまた草むらで昼寝をしたりしている。こうして、それぞれが里山で半日あまりを楽しみ我が家へ帰る。と、次は、たけのこをゆがく作業が待ち受けている。

筍ごはん

筍料理と山菜
 たけのこは時間をおくとえぐみが増すので、とにかく素早く処理しなければいけない。荷物を家にほうりこむと、そそくさと外の固い皮だけはずして大きな寸胴鍋でゆがく。ひとつかみのぬかと1、2個の鷹の爪も一緒に。ゆがいたたけのこは、自然に湯が冷めるのを待ち、皮をむいていく。かすかにクリームがかった白い肌が姿を現し、甘みを帯びたたけのこの香りが漂ってくると、「今年も来たかこの時が!」とわくわく心が躍る。少し時期を遅らしたとはいえ、ここのたけのこの柔らかさとおいしさは絶品だ。1年をかけて土づくりから丹精し肥料を入れ、手間ひまかけてふわふわの畑のような土で育てられたたけのこだ。生で食べてもほんのり甘く、ほろりと柔らかい歯ごたえだ。まずはお刺身風に薄く切ってわさび醤油で、それからは若竹煮、たけのこご飯、木の芽和え、天ぷら、炒めもの、煮物、つくだ煮風と怒濤のごとくたけのこを食べ続ける。もちろん親戚や近所の方にもお裾分けする。これでもか、というほどたけのこ料理を作り食べるが、それでも飽きることはない。たけのこ三昧のおかげで春の生気を取りこみ、さらに成長できそうな気さえしてくる。

竹林
 う〜ん、満足!と終了するのがこれまでの春の習慣だったが、実は数年前からさらなる楽しみが加わった。縁あって10年あまり前から竹の紙の専門店を始め、自分でも紙を手漉きするようになったため、その材料の竹を同じ農家から分けてもらっているのだ。時期はたけのこシーズンがすっかり終わった5月末から6月、おいしかったたけのこはすっかり伸びて青竹となり、今や枝葉を広げようとする少し前である。竹林の脇からとんでもない方向に伸びてしまった竹や、食べられることなくいつの間にやらおじゃま虫に生長してしまった竹、竹林のそこここに脱皮のように脱ぎ捨てられたたけのこの皮などが、私には大事な紙の材料だ。邪魔者の青竹をのこぎりで切らせてもらい、家に持ち帰り、水に漬け込み数ヶ月待つ。それから数日がかりで煮て、つぶし、水に溶かし手漉きするのである。竹紙は手間ひまのかかる紙だが他の和紙にはない独特の繊維の風合いがあり、書や絵はもちろん、ランプシェードやタペストリー、壁紙などのインテリアにもおもしろい。そんな紙が、大好きなたけのこシーズンの後に、鍋後のおじやの楽しみのように得られるなんて、なんだか二重に嬉しくなる。


竹紙
 ほんとに竹にはご縁があったのだなあと、改めて思いながら、今年も春から初夏へと過ぎゆく季節を楽しみにしている。
(2008.5.1)
過去の『歳時記』