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京町家友の会



一商家の年越し準備 山中恵美子


 ついこの間まで錦繍に彩られた山々がうっすらと雪化粧をし、その表情の移ろいの速さに、駆け足で過ぎゆこうとしている一年の締めくくりの時期がきたことを実感します。庭では山茶花が寒さに震えながら、ひとつふたつ、紅い蕾をほころばせています。まるで冬の精が舞い降りてきて寒々しくなった景色に贈り物を届けてくれたよう。
 昭和30年代、うちの東隣には駄菓子屋、その東が畳屋、西隣には古い重厚な表構えの醤油屋がありました。通りをはさんで向かい側には荒物屋、米屋、電器屋、パン屋などが軒をつらねていました。しかしこれらの店は姿を消し、今ではわが家だけがぽつんと一軒、油商を営んでいます。
 以前はお客さまといえば、油を入れるビンを手にした近所の方がほとんどでした。差し出されるビンのなかに、最後の一滴まで「油を売りながら」油を量り売りしていました。
 最近は随分と様変わりしてきました。店の前の駐車場に停まる自家用車のナンバープレートは県外が増え、遠方からタクシーで来られる観光客の方も多くなりました。こだわりをもって買いに来られるお客様と、これに応えて商品を厳選する店。この両者の波長がうまく合ったときに、スーパーにはない付加価値が生きてきます。インターネットの普及や情報誌の影響力も大きく、全国から注文をいただくようになりました。集客力の陰には、江戸時代から続く町家のもの言わぬ大きな存在があるような気がします。言いかえれば、油屋として商売を続けることができるのも先祖が育んできた支えに守られているからです。
 商家にとって、カレンダーが薄くなってくると、いよいよ一年でいちばん忙しい時期を迎えます。この時期になると店だけではなく、普段あまり使わない家の他の部分にも人が目まぐるしく出入りするようになります。秋の収穫を終えたわら束が、かつて米倉として使っていた倉庫に運びこまれ、お正月用のしめ縄作りが始まります。手作りの飾りで清々しい新年を迎えることができるのは、今では稀有なぜいたくだと言えます。この初冬のわが家の風物詩がいつまで続くかは、おぼつかない状態です。
 また年の瀬が近づくとお正月用の屏風、段通、塗りのお椀などを一年ぶりに出すために、蔵をなんども往復しなければなりません。蔵に入れておけば、大丈夫だとは思いつつも、包みをほどいて一年前と同じ状態であることを確認するまではとても心配です。
 ここ数年、町家レストランなど新しい形態の町家が人気を呼んでいます。しかし、昔ながらの職住一体の形をとどめている町家は随分と少なくなってきました。さまざまな事情が重なり、しきたりの継続はもとより町家の存続は厳しい情況におかれています。一見、時代遅れのように見えるしきたりの中には、現代人が便利さと引き換えに失ってしまった豊かさが隠されていることが多々あります。今や時代の趨勢に応じた柔軟性と共に、先祖から受け継いだものを守り続ける、かたくなさが求められています。こういう想いをいだきながら、また新しい年を迎えようとしています。

(友の会会員)
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