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京町家再生研究会

「遊び」として改装を楽しむ・一間路地奥の京町家…To邸

磯野英生(再生研究会幹事・成安造形大学教授)
 今回訪問したTさんのお宅は、中京区にある。訪れたのが夜の7時で路地奥のお宅と聞いていたので、暗がりに包まれてしっとりと落ち着いた佇まいというイメージがあった。しかし、入り口に立ってみると、一間ロージ(路地)で思いのほか幅が広く、近づくとセンサーで感知されライトに煌々と照らされ、なんだか明るい乾いたロージのイメージが刷り込まれてしまった。幅が一間あるということはどういうことなのか、置かれた車によって改めて認識させられた。奥行きからすると三台は駐車できそうだ。
 当主のTさんご夫婦はお二人とも30代前半のお歳である。1歳半の長女がおられるそうだが、あいにく奥さんがお留守だったため、お一人残されたご主人に話をうかがった。
 Tさんは現在のお宅に転居する前にも6,7年ほど町家に住んでいたそうである。小動物と付き合うこと、すきま風が入って冬は寒いことなど、町家というものがどのようなものか十分わかっていると笑いながら話された。新たに家を購入されることを思い立ち、京町家情報センターや不動産屋を訪れたり、自転車で走りながら、空き家を探したりするなかで、不動産屋さんの紹介で1軒の町家に出会った。中をしっかりと見ることができないまま購入を決められたそうである。購入後改めて見ると、壁はプリント合板で覆われ、台所などはクッションフロアーで蛍光灯がつり下がるという状況で、思わずため息をつくほどであった。家は、居宅として建てられていたのでしっかりとしていた(工事を担当した京町家作事組の荒木さんによると一間ロージの場合はそうしたことが多いとのことである)。しかし、昭和12年に建てられた比較的新しい町家であったので、元の状態の戻すということよりも、むしろ自分たちの趣向を町家に生かすこと(Tさんは遊ばしてもらうという言葉で表現していた)に重点を置いて改装を試みることになった。京町家作事組のことは、情報センターで知っていたし、雑誌で見てもおり、間違いがないだろうということで任せることになったそうだ。
畳間とダイドコの間の下地窓
 改装は、大谷孝彦氏(京町家再生研究会)のサポートのもと、既にふれたように、古いものを生かしながら「遊んでみよう」という方針で臨まれた。一階床の間のある6畳の座敷と隣の4畳の板間の壁には、座敷と家事を行う部屋とを視覚的につなぐため、大きな下地窓を造った。建具は、今回の工事を担当したアラキ工務店や山内工務店、あるいは古建具を扱う井川建具店から購入し、要所要所に入れた。台所の流し台は当面既存のものを使うこととしたが、天板は洋材の厚い一枚板を使って簡素に仕上げた。奥さんによるとここが一番落ち着く場所となったそうだ。台所に隣接するコーナーは、洗濯機が置かれているが、やはり古建具の網代戸が引き違いではめ込まれ隠されている。テレビや洗濯機など町家の内部に合わない電化製品は、基本的に隠すようにしている。テレビなどは、階段下に収納し、ふだんは見えないようにした。
 廊下の奥の便所と風呂場・脱衣場も「遊んで」おられる。便所では、陶器の鉢を購入し、穴を自身で開け、手洗い器とされた。脱衣室に設けられた洗面台などは業務用の大型のフラットな陶器製の洗面器である。庭に面した窓も浴槽につかりながら眺められるよう設けている。照明はもちろん白熱電球を使っておられるが、電笠もひとつひとつ骨董屋や雑貨屋で自身の趣味に合うものを選んで取り付けておられるそうである。
 外の路地は子供のよい遊び場になっていると聞いた。庭はまだ手入れしていないと聞いたが、シュロチクが2本残され ていた。これからどのような庭にされるのか。Tさんにとっては大きな楽しみなのだろう。
 近所の人達は、どのような人が引っ越ししてくるのかわからず、やきもきもし、心配もしていたということを後で聞いたそうだ。向かいに住んでいる方が、「この家は自分の親が宮大工をしていて建てたもんや。しっかりした良い家やろ」とも言っておられたそうで、近所の人もTさんご夫婦がこの家に住むことになって喜んでいるようである。
 後に増築された表側の6畳の洋間は今は収納スペースになっているが、将来はこのスペースでショップ展開したいという夢も持っておられる。近くの三条通の商店街は大きな商店街だが、今はやや沈滞気味のように思える。しかし、最近若い人が入り込み雑貨店を経営し始めているそうだ。近くにある二条駅周辺の開発
がどのようなものになるかによってもこの辺りの将来が大きく変わるにちがいない。この住まいが30代の若き夫婦にとって生活のしっかりとした拠点になるという実感がひしひしと伝わってくる今回の取材であった。
2004.3.1