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京町家再生研究会

景観法の成立と京町家再生

岸田 里佳子(国土交通省都市・地域整備局都市計画課課長補佐)
 我が国初の景観に関する総合的な法律である「景観法」が、本年(2004年)6月11日に全会一致で成立し、6月18日に公布されました。景観法は、@景観に関する基本理念、住民・事業者・地方公共団体・国の責務を定めた基本法的な部分、A景観計画や景観地区等土地利用に係る行為規制の部分、B景観重要建造物、景観重要樹木といったランドマークの保全、公共施設の特例など景観の構成要素についての部分、C景観協定、景観協議会、景観整備機構等支援の仕組みを定めた部分からなります。
 というと、難しそうで、身近なくらしとはかかわりがないんじゃないだろうかとか、京町家の保全・再生には役に立たないんじゃないだろうかと思われる方もいらっしゃるのではないかと思います。しかし、実は、「京町家の保全・再生」をはじめとして、京都のまちでこれまで取り組まれてきた「都心のまちづくり」に大きく係わってくる内容の法律なのです。特に、「景観重要建造物」の制度については京町家の保全・再生に向けて、所有者の皆さんにメリットのあるものとなっています。
 以下、京都や京町家に関係の深い部分を中心に、法律の内容を簡単にご説明していきます。

I.法案提出の背景
 国土交通省は、昨年(2003年)7月に「美しい国づくり政策大綱」を策定・公表しました。その中で、国土を国民一人一人の資産として、わが国の美しい自然との調和を図りつつ整備し、次の世代に引き継ぐという理念の下、行政の方向を美しい国づくりに向けて舵を切ることを、「襟を正す」という表現で率直に宣言しています。
 具体的な施策として掲げているものとしては、
○公共事業の実施前や完了後など事業の各段階における景観アセスメントの仕組みを確立
○公共事業について良好な景観形成を図るための景観形成ガイドラインを策定
○良好な景観の保全・形成を総合的かつ体系的に推進するための基本法制を制定
○緑に関する法制度の充実とあわせ、都市近郊の大規模な緑の創出、緑の骨格軸の形成を図る「緑の回廊構想」を推進
○屋外広告物制度の充実とあわせ、観光地など一定地区で違反屋外広告物等を短期間に集中整理
○観光振興にも留意しつつ関係者が連携し、選定した緊急に推進すべき地区内の主な道路で5年を目途に電線類地中化があります。下線部が、今回の景観緑三法として法律になった部分です。
 また、同年7月には、関係閣僚会議決定として「観光立国行動計画」が決定されていますが、観光を推進する上でも、良好な景観の形成は,地域の魅力を創り出ていく上で極めて重要であるという観点から、「景観に関する基本法制の整備」が位置付けられています。
 良好な景観は、観光のために行うといったものではありませんが、実際、観光立国や地域活性化の推進の観点からも、美しいまち、良好な景観に寄せられる期待は大きいものがあります。
 こうした国の動きが出てきた背景としては、人々の良好な景観に対するニーズが向上してきたことが挙げられます。
近年、経済社会の成熟化とともに、人々の価値観も量的充実から質的向上へと変化し、生活空間の質をいかに高めていくかが重要な政策課題となっています。また、地域の歴史や文化、風土に根ざした美しいまちなみや良好な景観に対する人々の意識も高まってきており、地域レベルでの様々な取組みが行われるようになってきました。
 こうした課題意識から、従来より各地で500以上の景観条例の制定など、地方公共団体において積極的に地域独自の景観の整備・保全の取組みが行われています。京都市においても自主条例として「京都市市街地景観整備条例」が広い範囲で運用されています。
 しかしながら、このような地方公共団体によるいわゆる自主条例にもとづく景観行政には、例えば、多くの自主条例で定めている行為の届出勧告といったソフトな手法では、いざというときの強制力がないなどの一定の限界がありました。
 また、景観を整備・保全するための国民共通の基本理念が未確立であることや、今まで、景観に資する取組みに対しての国としての税・財政上の支援が不十分であることなど、景観形成を推進する上での課題も多くあります。
 こうした状況を受けて、景観を正面から捉えた基本的な法制である「景観法」を整備し、景観の意義やその整備・保全の必要性を国政の重要課題として明確に位置付けるとともに、地方公共団体の今までの取組みの弱点をカバーし、バックアップしていくことが可能な仕組みを創設し、さらに、関連する予算や税制による支援を行うこととしました。
 なお、景観法の規定はすべて「できる」規定であって、地方公共団体の独自の取組みを阻害するものではありません。

II.景観法の概要
 景観法は、我が国初の景観に関する総合的な法律として、景観を整備・保全するための基本理念を明確にし、住民、事業者、行政の責務を明確化しています。
 さらに、実効法としての、景観形成のための行為規制を行う仕組みや支援の仕組みも備えています。
 基本理念においては、「良好な景観は現在及び将来における国民共有の資産」であることを明らかにしているほか、「地域の個性を伸ばすよう多様な形成を図るべき」として、地域の自然、歴史、文化、風土等によって良好な景観は多様であること等を示しています。
 景観行政は、住民に最も身近な基礎的自治体である市町村が主体的に担っていくべきというのが基本的な考え方です。京都市においては、京都市が景観行政に責任を持つ「景観行政団体」になります。法律上、政令市・中核市以外の市町村については、都道府県と協議・同意の上景観行政団体になることとし、意欲のある市町村が景観行政の担い手となれるようにしています。なお、市町村が景観行政団体とならない地域については、都道府県が景観行政団体となります。
 ですので、これから説明する具体的な規制や支援の内容は、基本的に京都市が実施可能な施策となります。

(1)景観計画
 景観計画は、本法の基本となるものであり、現在地方公共団体で取り組まれている景観条例の多くが、景観計画に移行していくことが想定されます。
 地方公共団体のこれまでの特色ある取組みを阻害せず、足りない部分を補強することができるように以下のような工夫をしています。
○建築物の建築等の一定の行為に対する届出・勧告(従来の多くの自主条例の仕組みの限界)に加えて、あらかじめ条例で定めた場合に建築物や工作物のデザインや色に対して変更命令が出せるようにしたこと。
○地域の特性に応じた必要十分な規制とできるよう、届出対象行為について条例で付加することも適用除外にすることもできるようにしたこと。
 景観行政団体は、景観計画を定めるにあたって、あらかじめ公聴会等住民の意見を反映させるために必要な措置を講じる必要があり、また、都市計画区域又は準都市計画区域に係る部分について、都市計画審議会の意見を聞く必要があります。都市計画審議会の意見を聞くこととしているのは、建築物の建築等の土地利用に関する一般的な制限である都市計画制限との制限のバランスをチェックする必要があるためです。
 景観計画を定めることのできる土地の区域の要件は、景観という人が見る行為を前提とするものですので、人が全く立ち入ることのできないような原生林などはあまり想定していませんが、都市計画区域外の農地や山林を含めて景観上必要な範囲に幅広く指定することが可能です。また、湖沼や河川、海域などの水面等も含めて指定することもできます。
 このように都市計画区域外を含めて行政区域全域を指定することが可能な仕組みとすることにより、今までともすれば縦割りで相互の連携が充分でなかった、都市や農村、山林、自然公園などを一体的に景観の観点から横断的に捉えることが可能となりました。
 また、現行の景観条例の多くが行政区域全域を対象としていることから、横断的な景観行政に対する地方公共団体のニーズに応えることができ、また現行の条例からのスムーズな移行が可能となったというメリットもあります。
 また、景観計画の中でいくつか区域を区切って、それぞれの区域の特性に応じた届出対象や基準を分けて定めることも可能です。
 例えば、一つの景観計画の中で、伝統的な街並みを有する旧市街地部分と、近代的なビルが並ぶ街の中心部、周辺の農村部分(農地を含む)などを分けてエリア名を付け、それぞれ必要な届出対象や景観形成の基準を定めるといったやり方などが考えられます。
 なお、景観計画は、都市計画の仕組みと同様に、土地の所有者等の一定の同意を得た場合に、住民やまちづくりNPOからの提案が可能な仕組みとなっています。

(2)景観重要建造物
 景観行政団体の長は地域の景観上の核となるような景観上重要な建造物や工作物を景観重要建造物として指定することができるようになります。景観重要建造物として指定された場合には、現状変更についての許可が必要となります。ただし、景観という見た目の重要性の観点から指定しますので、内部は自由に利用することができます。もちろん、水まわりの修理や、階段の付け替え、床を張り増ししていただいても大丈夫です。
 指定された場合、市町村の条例により、防火などの建物の外観に係わる部分について建築基準法の規制緩和が可能となること(大臣承認が必要)や、建築物及びその敷地について「相続税の適正評価」がなされるなどのメリットがあります。「相続税の適正評価」の考え方は、建物の外側がそのままなので、周りの建物と比べて容積等が十分に使えずに我慢していただいている分だけ、評価額を低くしましょうというものです。
 このように、景観重要建造物は、京町家が抱える「建築基準法の規定に合わないので修繕しにくい」「相続があった場合に手放さざるを得ない」といった課題にかなり対応することが可能な仕組みとなっています。反面、文化財とは違って、中の改修は自由ですし、「景観上の重要性」だけから指定するので、築年数や文化財的価値が必要でなく、割合と気楽に使える制度としています。現在、京都市におかれても、景観重要建造物にどのような京町家等を指定していくべきか検討されているようですので、京都市で景観重要建造物の指定を積極的に行っていただけるのではないかと期待している所です。
 また、所有者さんからのニーズとして「管理が大変で持ちきれない」というお話をお聞きすることも多いですが、景観重要建造物は、市や後述の景観整備機構と所有者が管理協定を締結して管理をすることができるようになっています。

(3)景観地区
 景観計画よりも、より積極的に景観の形成や誘導を図っていきたい場合、市町村は、都市計画として、景観地区を定めることができるようになります。
 京都市では「美観地区」としてこれまで取り組みを進められてきた部分です。
 今回、「景観地区」として、美観地区を発展・拡充させたため、「美観地区」の名称はなくなりますが、規制内容はそのまま引き継がれるため、今現在「美観地区」として定められたものと変わりません。美観地区の承認の仕組みも、今回の法に基づき「認定」の仕組みとなりますが、基本的には同じものです。
 ですので、京都市の皆さんにとっては、当面なにも変わることはないのですが、「美観地区」から「景観地区」へとなにが「発展・拡充」したのかについて簡単にご説明いたします。
 従来の美観地区は、「市街地の美観を維持するために定める」地区とされていたことから、既に一定の建築美が存在する地区にしか指定することが難しかったという課題がありましたが、景観地区は「市街地の良好な景観を形成するために定める」地区であることから、今後良好な景観を形成していこうとする地区についても指定することが可能となり、幅広く活用することができるようになりました。また、建築物に関する規制に加えて、工作物や一定の行為規制(木竹の伐採や物件の堆積等)などについても必要に応じて条例で規制を行うことが可能となっている点も美観地区との大きな違いです。
 景観地区に関する都市計画では、@建築物の形態意匠の制限、A建築物の高さの最高限度又は最低限度、B壁面の位置の制限、C建築物の敷地面積の最低限度のうち、@については必ず定め、A〜Cについては必要なものを定めることとしています。
 景観地区内の建築物の色やデザインについては、景観地区の都市計画で定める@建築物の形態意匠の制限に適合することについて市町村長の認定を受けることが必要になります。この制度により、現場の即地的な環境を良く知る市町村長が、周辺との調和も踏まえて認定を行うことが可能になります。なお、工作物についても同様です。
 一方、A建築物の高さの最高限度又は最低限度、B壁面の位置の制限、C建築物の敷地面積の最低限度に係る規制は、建築確認で担保することとしています。また、景観地区に関する都市計画で、建築物の高さの最高限度、道路に面する壁面の位置の制限(併せて、壁面後退区域における工作物の設置制限の条例が定められているもの)及び敷地面積の最低限度が定められた場合は、一定の景観地区内の建築物について、特定行政庁の認定により、斜線制限を適用除外できることとしています。
 また、都市計画区域及び準都市計画区域外について、景観計画区域内であれば、景観地区と同様の仕組みを、準景観地区として、条例で同様の制限を定めることができます。

(4)景観整備機構
 地域で活動するNPO法人や公益法人を景観行政団体が景観整備機構として指定することができるようになりました。
 景観整備機構は、景観に関する住民の取組の支援を行うこと、景観重要建造物の管理(所有者と協定を結ぶ)を行うこと等が可能です。
 この仕組みにより、地域で景観づくりに熱心に取り組み、様々な知見を有するNPO法人や公益法人を景観形成の担い手として公的にしっかりと位置付けて、活動をより進めていただくことが可能となりました。ですので、例えば、NPO法人である京町家再生研究会さんも、景観整備機構となられる条件は備えていらっしゃることとなります。京町家が「景観重要建造物」に指定され、景観整備機構となられた京町家再生研究会が管理協定を結んで、京町家の管理をお手伝いする、という日も近いかもしれません。

(5)景観協定
 住民間の協定により、景観に関する事柄を景観協定として一体的に決めることができることとなります。
 手続きは、おおむね既にある類似の制度であって、京都でもずいぶんとご活用いただいている建築協定や緑地協定と同様ですが、ポイントとしては、建築物、工作物、樹林地・草地、屋外広告物、農地、その他景観の形成に関する事項を一体的に定めることが出来る点が挙げられます。特に、今回その他必要な事項を定めることが出来ることとしたため、例えば、ショーウインドウの照明時間、可動式のワゴンの形や色といったソフトな事柄まで一体的に定めることが可能となり、活用の幅が広がりました。
 協定は、所有権等が移転した場合にも継承されるという効果があり、身近なまちづくりの道具として、住民さんの間で使いやすいものとなっています。どうぞご活用をご検討ください。

III.おわりに
 以上、簡単に景観法の概要についてご説明させていただきました。意外と、京都のまちや京町家に関係がありそうだと思っていただけたら幸いです。個人的なことになりますが、私は、平成12年から昨年の夏まで3年3ヶ月、京都市役所の都市づくり推進課でお世話になりました。国土交通省に戻ってすぐに景観法の検討作業に入ったのですが、その際、京都のまちづくりを勉強させていただく中で自分なりに感じた課題や疑問を少しでもこの新たな法律の仕組みの中で解決できないかと、模索・検討いたしました。そういう点で、この法律が京都でぜひ活用されて欲しい、京町家に適用されて、一軒でも「景観法があってよかった」と思っていただければいいなあ、というのが個人的な願いなのですが……。
 国としても、景観法が出来て、これからが新たな一歩であると考えており、さらに美しいまちづくり、美しい国づくりに取り組んでまいりたいと思っておりますので、どうぞ引き続き皆様のご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。

2004.11.1