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京町家再生研究会

進化する景観政策−社寺周辺の眺望と参道の町並みを守る新制度

<宗田 好史(京町家再生研究会 副理事長)>
 前号で紹介した「京町家の保全及び継承に関する条例」と並んで、京都市の景観政策をさらに進化させる「歴史的景観の保全に関する具体的な施策(素案)」が市民新聞区民版等を通じて意見募集されている(パブコメは7月10日から8月17日まで)。町家は解体する前に届け出を義務付けるが、もう一つ重要な社寺周辺の町並み山並みの景観も事前協議を義務付けるという制度改革である。

 ユネスコの世界文化遺産「古都京都の文化財」として登録された17の社寺と二条城の内14が京都市内に集中している(宇治上神社と平等院が宇治市、延暦寺は大津市)。それぞれが地域固有の歴史と文化が一体となった優れた周辺景観を誇っている。世界遺産条約とその履行指針には、登録された文化遺産の周辺は法的管理下に置かれた緩衝地帯(バッファーゾーン)として、遺産本体同様に保護されることが定められている。とはいえ近年は社寺とその周辺の緩衝地帯で懸念される事例が見受けられる。事前に京都市に相談があり、景観政策に沿って慎重に計画される建物もあるが、規制の範囲でも貴重な歴史的景観に影響を与えかねない建物も見受けられる。

 読者の皆さんの中には、京都にお住まいでない方もおられよう。念のため申し添えると、御所東の梨木神社境内のマンションと、下鴨神社参道脇駐車場等を転用した定借付マンションがすでに竣工し、御室仁和寺前のガソリンスタンドとコンビニは計画が止められた。近年社寺を取巻く経済環境は急速に悪化している。氏子や檀家は減少の一途、その維持に悩む宗教法人が多い。

 京都市では2007年からの景観政策の検証を経て、2014年度からの3年間「歴史的景観の保全に関する検証会」を設置し、社寺の関係者、経済界、学識経験者による議論を重ねてきた。そのまとめとして、今回は、世界文化遺産に登録された社寺等の周辺500m以内で新たに建築行為を行う場合には事前協議を義務付けるという。新景観政策の眺望景観条例の制度を拡大する。すでに全国で最も厳しい規制ではあるが、建築行為に対しさらに一段と慎重さを求めている。

 眺望景観では、現在の視点場38か所に11か所追加される。世界文化遺産を含む14社寺と二条城に御所と桂・修学院の2離宮を加え17が境内等として指定済のところに、大徳寺、北野天満宮、相国寺、妙心寺、東本願寺、南禅寺、平安神宮、知恩院、建仁寺、東福寺の10社寺が加えられる。

 制度改革のポイントは3つ。第一に社寺周辺の眺めを守る範囲を拡大、その中の建物・工作物は地域ごとにきめ細かなデザイン基準を定め、それに沿った協議(景観デザインレビュー)を制度化する。第二に、周辺に定めた範囲内に景観上重要な歴史的建造物や樹木を指定し、その保全に際して専門家を派遣し相談に応じるとともに、具体的な助成を行う。第三に、社寺周辺地域の景観の特徴を分り易く伝え、求められる設計上の配慮を示すとともに、住民や事業者と協働で歴史的資産を活かしたまちづくりを進めるとしている。

 眺望景観条例では、北山・圓通寺庭園の借景、比叡山の眺めがよく守られている。広大な岩倉の市街地で毎年何十もの新築・増築工事ごとに丁寧な検証が行われている。電柱や携帯電話のアンテナ等工作物の申請も義務付けられている。圓通寺は山並みへの眺めとして定められた3か所の視点場の一つである。この他にもしるしの眺めとして大文字等7か所、境内の眺め17か所、水辺の眺め2か所、庭園からの眺め2か所等がある。

 今回は、借景などの眺めに限らず社寺境内から見える場所として全方向に500mまでの範囲内と、社寺を見通す200mまでの長さの参道沿いでの建築行為が協議の対象となる。デザインレビューといって景観アドバイザーと市の担当者が事業者に、社寺とその周辺の自然、町並み、その街固有の無形の価値の守り方を伝授する。文化力を欠き、技術が低く、歴史的景観を壊しがちな建築・不動産事業者を正しく導くことで、ユネスコ世界遺産の価値を守る仕組みである。同時に、駐車場設備と車庫、垣・柵・塀・擁壁等の特定工作物、電柱、標識、街灯、舗装、側溝等の道路内工作物についてもデザインレビューの対象となる。府市等公共が設置する物も、市民の批判に晒され、より相応しい意匠に整えられる。

 10年前に新景観政策が始まる前に、「あなたの家は建替えができなくなる..」と市民をミスリードする新聞の意見広告が掲げられた。ズブの素人の誤解に発するもので、直後の京都新聞のアンケート調査で8割の市民が政策を支持したのだから、そんな愚考に惑わされた人は少なかった。今回はそんな誤解もないだろう。景観施策の進化・充実で一段と地価が上がることは、この10年間の経験で誰でも容易に理解する。何も京都に限った事ではない。西欧諸国の歴史都市でも世界文化遺産周辺の不動産価値が高いことはよく知られている。取引件数も多い。実際にその効果を享受している人は京都でも多くなった。下鴨神社参道沿いの糺の杜の3階建マンション99戸は億ションばかり。その高騰ぶりは尋常ではない。だから、京都の景観の大きな経済効果を損なってまで不細工な家を建てる自由を求めることは許されない。

 今や世間は衣食が満ち足りて礼節ばかりか歴史や文化を知るようになった。礼節より気楽な歴史や文化を欲しがっているともいえよう。歴史的景観を守り、町家の町並みを守る京都には多くの全国、世界から老若男女集まってくる。古都京都の文化遺産は永遠に残す。その残し方も日々進化している。地域景観協議会制度が広がり、専門家を加えたデザインレビューも始まった。京都に求められる歴史的景観に沿うデザインのあり方を求めて、その協議方法も日々進化していかなければならない。京町家再生は四半世紀を経て、歴史都市京都の再生を導く段階に差し掛かっている。


2017.7.1