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京町家再生研究会

大型町家の再生に向けて

宗田好史(京町家再生研究会副理事長)

 1990年代の町家調査で、都心4区に2万8千軒ほどある町家の中に敷地75坪以上の大型町家が600軒余り残っていることが分かった。200坪の大規模町家もまだ百軒近くあった。その後、国の重要文化財に指定された杉本家、今年に国の登録有形文化財となった松村家をはじめ、その多くが市指定文化財や景観重要建造物になり、保護の取組みが進んだ。しかし、取壊された大型町家も多い。今年、不動産会社フージャース・コーポレーションに買い取られたものの町家のまま継承することとなった長江家の今後については、特に関心が集まっている。この件は、京町家通信でも詳しく続報したいと思う。

さて、京町家を取り巻く状況は、この間だいぶ改善された。再生件数は年間数百軒に上り、新しい住まい手に売買され、賃貸に出される軒数も年間数百軒を超えるだろう。しかし、大型町家の状況は依然として厳しい。いや、ますます難しくなってきたともいえる。

その理由は、今に始まったことではないが、やはり相続税や改修費の負担が膨大で個人には担いきれない費用がかかることである。調査の時点で、大切に維持されていた多くの大型町家の背景には、京都都心ならではの経済力が伺えた。とはいえ、いわゆる「失われた25年」の間に、この秘めた経済力も徐々に失われた。そこに、家業や家族を受継ぐか否かに関する社会常識の変化が加わった。21世紀の日本では、家業や実家を子の世代が受継ぐことは難しく、実際少なくなった。

 このため、大型町家の承継を支える管理信託に関する研究も、その難しさを認識しつつ続いている。反面、町家再生のための改修技術は進化し、建築基準法の適用除外条例が定められ、まだ改善の余地はあるとはいうものの、大きな流れができてきた。しかし、大型町家の再生に残された課題は今最大の関心事である。

京町家再生研究会では、これまで数々の大型町家再生事例に取り組んできた。小島理事長宅の京都学園大学町家キャンパスが事例の一つだが、実現できなかったいくつかの事例がある。実現に至らなかったためここに詳述はできないが、幹事会では相当な時間をかけ議論した。別に作事組で話題になった案件もある。中でも集合住宅への転用と高齢者施設への改修事例は、設計から概算見積りまで具体化に向けた作業だったと記憶する。これら事例それぞれに直接関わったメンバーの多大な時間と労力こそ再生研活動の中心である。特に、高齢者施設のケースは、京都市の担当課を通じて活用する社会福祉法人が資金計画まで立て、実現直前に至った例で、決して忘れられない優れた再生案だった。

町家再生は、規模は小さいものから始まった。まず、個性的な飲食店や物販店から始まったのは、この間都心に出店した最多の業種だったからである。住まいとしてはアーティスト、環境意識の高い若者から始まったことも時代背景から理解できる。次の段階に東京から京都を目指す人々の需要があり、今では投資目的の中国資本もあるという。その後も、大型町家には大学が数例あり、ホテルや企業が買取って活用した例もある。小さな町家では福祉を営む事例も知られるが、大型町家を高齢者施設にというあの事例はぜひ実現したかった。人口減少と経済成長が鈍化する時代に、いつまでもマンション需要が続くとは思えない。空家流通・活用が進めば住宅需要の受け皿になる。大都市の高齢化がさらに進めば、大型町家の高齢者福祉施設は、京都でこそ考えられる重要な再生事例であろう。

加えて、この検討作業の中では社会福祉法人と京都市の担当課が熱心に町家暮らしの必要性を述べていたことを思い出す。この間、かつて老人ホームと呼ばれた施設は大きく変わった。かつては病棟型式、刑務所式とも言われた個室を廊下で直線的に結ぶ配置は激減し、共有の居間や台所、玄関が付き、角先の溜まり場まで備えたフロアー配置が一般的になった。箱型のビル内各階に小さな路地が設計されている。だから、本物の町家にこそ高齢者の共同住宅をと熱心に説かれたことがよく理解できる。

一方、京都では景観政策の次の段階、文化芸術創造都市の姿が見えてきた。だから、町家を文化・芸術の場として活用する機運が高まっている。今年は、琳派400年とパラソフィアが注目を集め、2020年オリンピック年に向け加速度が上がる。また、京都をつなぐ無形文化遺産として2012年度に京の食文化、そして花街の文化、地蔵盆、2015年度はきもの文化の選定に向けた作業が続いている。釜座町家でのお茶のお稽古のように、街中の町家で勤しむ文化活動が町家の文化を次世代につなぐ大きな力になることは言うまでもない。

そして、京町家再生研は、大型町家を受継ぐ資金を備えた組織たろうという壮大な構想を持っている。そのためにクラウド・ファンディングへの期待も大きい。それは、来るべき時代に、大型町家が市民と来訪者のための文化・芸術拠点であり、町家文化を受継ぐ場であり、そして2037年をピークに増え続ける私たち高齢者予備軍の暮らしの場として求められるという、近未来の街の姿があってこその組織と資金計画である。

さて、京都市では2014年度から「歴史的景観の保全に関する検証事業」を続け、重要な寺社の周辺でその歴史的景観に影響しうる建築行為を検討する等、景観施策を点検している。2015年度、新たに「景観上重要な要素の変容に関する情報を早期に入手する制度の調査・検討」するという。社寺の売買は考えにくいから、その周辺の土地と景観上重要な大型町家の除却とその隣接地の景観変容に関する不動産取引情報をいち早く入手、対応する制度創設の検討である。市の買上げは難しく、具体的には売買の届出制の創設と適切な活用者への斡旋の仕組みづくりが考えられる。

 これを聞いて思い出すのは、イタリア等EU諸国の文化財建造物の国の先買権である。文化財とその周辺の土地建物の売買・相続に際して国に届け出るとともに、先買権行使の有無を数か月待つことが新旧所有者に義務付けられている。国やそれに代わる自治体がその不動産を買上げる例は実は少ないが、不動産情報は公開され、民間の財団等が名乗りを上げた例は多い。海外の財団や個人が保存目的で買上げた例もある。

 これまで京町家再生は時代の流れを的確に、あるいは一足早く捉えたから進んだと思う。これからも、数十年後の京都の街中を的確に想定した上で、大型町家が辿るべき多様な姿を想定し、かつての財力を備えた大店に代わろうという所有者・住民の傍らで適切な助言と具体的な再生設計を担う役割を追求していかなければならない。

2015.9.1