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京町家再生研究会

深草の町家見学会及び「京町家を建築基準法からはずす」――報告会に参加して

木下龍一(再生研理事)
 平成25年3月30日、京町家再生研究会と京町家ネットの見学会で、伏見区深草の小西邸を訪問した。この町家は間口6間半、奥行14間の伏見城下町型の大店で、元は呉服商その後は製茶販売業の店舗併用住宅であった。2間間口のミセニワから広いハシリニワに連続するトオリニワの北側に、4室の居室と南側に2.5間5間の製茶場を構え、奥の前栽を囲み、矩折型の渡廊下に浴室便所と離れの茶室を配し、乾方向に広がる敷地最奥部に2棟の土蔵が建てられている。切妻平入桟瓦葺の厨子2階に居室2室を持つ主屋は文久元年(1861年)、道具蔵は明治24年(1891年)上棟の記録があり、本町通りに面した外観は、低く抑えた表庇の下に大戸や格子窓を持ち、階上に伏見型特有の虫籠窓や煙出しの揃った美しい町家である。昨年春、市民が推す「京都を彩る建物や庭園」に選ばれ、まず景観重要建造物候補として外部修復工事が行われた。その後「京都市の伝統的木造建築物の保存及び活用に関する条例」適用の第1号事例として、建物の保存活用計画が作成され、保存建築物指定を受けて景観重要建造物として、用途変更や建物の安全性を確認する検討を加えた上で、第2次の改修工事が行われた。

 京町家再生研究会では、京都に存続する町家を適切に保存活用するための方策を長年にわたり研究実践してきたが、発足21年目に京都市の施策として、新条例を適用する実例が出てきた事を大いに歓迎すべきだと思う。そしてその事例を報告してくれた設計者が当会員であった事と、京町家ネットの一員である情報センター会員が協働して建物の保存活用計画を作成出来た事、加えて計画の遂行全体を通して京都市建築行政担当者が熱心に対応努力された事に敬意を表すものである。

 小西邸は、本年4月より龍谷大学「深草町家キャンパス」として、学生や地域の人々に公開される施設となるため、建築基準法第3条の「適用除外」される建物として、市が定める「保存建築物の安全性確保等に関する指針」に沿い、所有者、不動産流通業者、設計者、施工者と建築指導行政担当者が、各段階で協議の上、改修方法の検討がなされたと思うが、限られた時間や予算等厳しい制約の中で、初めての条例適用という、各担当者が緊張する関係の中で実行案が絞り込まれたのだと推察する。実務者側からの報告では、計画案が充分認められずに不満の残る結果であったと言うが、行程の中で対象の伝統的木造建築物が、法不適格物件でなく取り扱われた事が、先ず大事な第一ステップであると考えている。
 次に報告会の中で私達は、ここで示された判断は初事例であって、今後各現場に即した諸条件に応じて、更なる検討が加えられ進化してゆくべきものであるとの認識で一致した。

 そこでこれからの議論のためにも私個人の意見として、以下の3つの論点を指摘させていただく。

 第1点目は、町家の伝統構法の中で、空間特性の一つであるトオリニワの火袋の中に、側繋(かわず)梁の下に耐震補強用の構造壁が付加され、美しい火袋の拡がりの印象が変質した事が残念である。この町家では、火袋の拡がりは4間半の奥行があり、側壁から側壁に桁行方向に2間巾4本の側繋梁が架かり、その中央に直交する4間梁が十字に交わり、その交点にモヤをのせて屋根荷重を支えている。安全性を確かめる為の限界耐力計算法を適用したというが、その計算法の中では、裏戸口から1間手前の側柱が2階桁をさす位置で、屋根荷重からくる水平力を側繋梁とモヤが90度交わる側壁に伝えて破壊力を拡散吸収するという力の流れに正当な評価を与えず、桁方向の壁の増設で対応させる結果となった。この方法が流布すれば、京町家の火袋空間の美しさを表現する準棟纂冪の構法は、死にたえてしまうばかりである。民家や町家の伝統構法では、土壁のついた側壁と荷重を支える梁組の位置が、常に半間或いは1間ズレていて、煙返しの土壁の空間の中に火袋の梁組が美しく浮かびあがる様つくられている。よく吟味した材料を用い、相手のモヤや柱を打ち抜く長ホゾの仕口とフレキシブルに動く胴付きの接点を作り、順序よく壊れながらも、人の安全を確保する伝統構法の知恵と技を磨き続ける事が大事ではないだろうか。

 第2点目、第3点目は渡廊下と付属する建物についてである。
 便所棟を改修するために、建築基準法木造仕様規定が適用され、土台と火打梁が必要とされた。そして第3点目に主屋、便所、茶室、土蔵という複合した建物を、全て独立した構造として切り離して扱うという考え方が示されているという。私の意見は、この渡廊下と付属屋の存在は、小西邸の前栽を取り囲む重要な内−外の空間を構成する諸要素であって、その場面を統一するために数寄屋造りの技が用いられ、軽妙で繊細な意匠が水平的に展開している。末落ちのない北山丸太の軒桁やそれを支えるハネ木、小丸太や小舞、ノネ板がかもし出すリズム感は、町家の美様式そのものであり、基準法に準拠して不手際に処理するよりも、そこは一貫した伝統の技の世界に委ねるべきではないだろうか。私はこのような意見を申し述べたいのだが、計画遂行に参加した人達も立場が違えば、幾らかの意見が相違する場合もありうるだろう。しかしながら京都市において、残すべき建物の取り扱い方は、市民共有の文化遺産の行方を決めるものであるから、大切に議論を交わし、新条例の内容をより深化させてゆく必要があるのではないだろうか。

2013.7.1