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京町家再生研究会

京町家棟梁塾第四期開講

末川 協(作事組理事)
 第一期の棟梁塾の開講に向けて机上でカリキュラムを練っていたのが早いもので7年前、自身が町家再生の実務に関わり始めた新鮮な時期と重なり、これから先学びたいこと、学ばねばならないことを何度も箇条書きにしては予定表に落とし込んでいた。当時のエクセルシートを開くと、昨日のことのように思い出される。実際に塾生の応募があるか、各職の親方たちは、講師として機嫌良く話をして頂けるか、尽きない不安の中で発進した第一期の各講義だった。蓋を開けてみれば、各職それぞれの伝統構法は2時間の座学や半日の実習では氷山の一角を垣間見るだけ、技術者個人の一生で学べることなどごく僅か、そのことを知るための棟梁塾だと何度も思い返された。それでも町家を造り上げるそれぞれの専門分野には間違ってはいけない優先順位が必ずあり、それらは職種の垣根を越えて伝える事が出来、共有出来ることも教わった。塾長が呼び慣わす「決まりごと」である。

 なぜ、土壁を下地から編み直すのか。町家には中塗り仕舞が相応しいのはなぜか。コストやデザインの嗜好、クレームの恐れの枠で思考停止しては判断が定まらない。そこでも左官の親方が藤原定家の和歌をさりげなく伝える。家具製作の座学で講師にもらった柳宗悦の「工人銘」。枕元に貼り付けていても、各期の授業で音読を聞くと初めてのように身が引き締まる。桟瓦葺の出来不出来を一発で見分ける目線の位置があること。下地で割付を考えるのは当たり前に大工や設計の責任であること。悪徳リフォームの実例解説。京アンコウはディティールに凝る前にホットケーキのように仕上げること。裁縫と同じ原寸の型紙が要ること。畳の親方が指先だけで0.3mmの厚みの不出来を見分ける様子。畳のトコの値打ちの見分け方。何度聞いても分らないシミズ掛けの仕組み。建具は毎日使われても100年持たなければ、本物ではないこと。今もぶれずにそれを造り続けること。骨董の照明器具の再生は楽しいけれども、それ以前に町家の電気の改修工事には安全安心を守る責任があること。そして町家の木造軸組の細部と全体の関係を考え直すこと。とことん直せる町家の構造の仕組を知れば、町家の構造改修のハードルも物件ごとに自ずと責任範囲の内に定まる。

 実際の改修現場で日々ぶつかる塾生の疑問について、損益関係なくぶつけ合える場を担保することも塾の大切な運営であった。思い切って尋ねれば、必ず何らかの応答があるように。個別の課題が山積みのそれぞれの現場で、少しうろたえても最後に判断を間違わないように。棟梁塾の取り組みに加わった役得として立ち会い学べることを有難いと思う。知ったかぶりが、自己保身以上に皆への迷惑なのだと、多少なり自覚のある間に自覚したい。その逆が各講義の値打ちであるからである。次代が取って代わるまで、今すこしお手伝いの時間が続く。手抜きを叱り倒してくれる人はずっと見守ってくれる。

 第一期の塾生が卒業して5年、イケメン親方の最若手が頑張り続ける事が出来るかもしれない。若手二番目も独立し、無口に普通に応援をバリバリこなしている。本格派の番格が再生研経由で作事組にスカウトされ、実務のテコ入れに加わった。当たり前のように皆、日常の現場で忙しいけれど、明日の仕事のために当たり前に腕を磨く。急ぐこともないけれど伸び代も計り知れず、京都の町家再生と再生産に良い未来はあるかもしれない。

 この春から第四期の開講を予定した。毎回同じ心配、前向きで元気な塾生の参加はあるだろうかと。塾長とカリキュラムを見直した。建築としての町家、その優越性の確信は、塾を続ける当たり前の前提である。京都での町家再生の意義や必要を上段から繰り返す精神論は、現場の実践を済ませて参加する塾生にはふさわしくない。この数年間で施行された町家再生を支援する多くの制度や事業の流れを新しく講義に加えた。所轄のご担当にも講義をお願いする予定だ。

 塾長が活躍するうちに伝えてもらえることはすべて伝えてもらいたい。今までの三期の棟梁塾で塾長の手書きの資料集と特論の講義内容は、格段に質も量も増した。堂宮や数奇屋の講義は卒業生も再度参加して学びなおしてもらいたい。逃げずに続ければ伝統構法での仕事の幅は必ず広がっていくからだ。2時間の座学の中で、200近い堂宮の意匠や構造が、塾長からマシンガンのように解説される。メモを取るにもへとへとになるが、復習と予習をした上で奈良のお寺の見学に出向けば、今までと違った見方が出来ることに気付く。知識として学ぶだけで、こんなに楽しい事が、現実の仕事になれば、どれだけ責任が重く、またやりがいがあるか。町家の実務の基本の先に、お寺の仕事や祇園祭の鉾のお手伝いが続くと、そんな当たり前のことに気付かせてもらえる。そんな実感をこれからも塾生と共有する事が出来ればと願う。志のある若手職方の参加を待ち望みながら皆様のご理解と応援を改めてお願い申し上げます。

2013.3.1