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京町家再生研究会

建築基準法の適用除外に向けた新条例について

末川 協(京町家作事組理事)
 2011年9月、「京都市伝統的な木造建築物の保存及び活用に関する条例(仮称)」の制定が公表された。建築基準法第3条3号の適用除外規定である。町家をはじめ京都の伝統構法による建物が、建築基準法の枠外に存続すべく、自主条例を持つことになる。来春の施行に向けたパブコメ応募案内の冒頭のとおり、「全国初となる新たな制度の創設」である。所有者や住まい手の自主的な判断により広まった町家の再生が必要に応じて法的な立脚点を持つことが出来る。

 従来の法律、条例での指定物件に、新しい指定の枠を加え、当面、新条例での保存・活用を図る京町家は500軒程度が目標とされている。京都に残る町家の総数に対しすこぶる少ない数だが、先の悉皆調査でピックアップされた景観的、文化的に重要な町家の保全、また用途変更が困難であった大型の町家の利活用に向け、現実的な規制緩和が受けられる。アウトローだけの勝負からは抜け出せる。指定申請と活用計画の提出が同時に出来、保全を急ぐ町家への配慮もある。施行後には、指定の枠外の町家再生・活用にも動機付けを与えるだろう。同じアウトローなら、新しい条例のほうが実質的な技術的根拠になっていくかもしれない。それは日本各地のストックにも同様である。

 新条例の技術的な内容について。防火措置については、出火防止に対するソフトの評価と初期消火の重点管理により規制緩和が目指される。防火構造の枠が外れる。集団規定の形態制限では現状の追認が目指される。町家の存続を度外視していた都市計画、建蔽率制限に穴が開く。今日の暮らしで不可欠な水廻りの増改築にも道が開ける。いずれも、個別の町家の状況に応じ、初めから柔軟、いつまでも厳しい運用が必要となるだろう。「適切な維持管理を行なうための仕組み」は、煩雑に過ぎず、そして野放しの無いよう、住まい手やユーザーにも無理なく理解ができる仕組みが必要になるだろう。

 そして継続的な課題と考えるのが構造上の安全性確保である。新条例の中で、「破損箇所の改修」と「耐震改修」という別々の項目に別れた。町家の傷んだ部位を元通り直すことと、町家全体の地震に対する性能を客観的に評価することが、別の目的や行為と認識されたと思う。町家の構造の技術的な理論、工学的なバックグラウンドを明確にしていくことが、条例の施行と並行で急ぎの課題だと考える。そして伝統構法による町家の再生産にとっても最重点の課題である。

 さて、地上30m近い高さの祇園祭の鉾の真木が巡行で何回も辻回しに耐えられるのはなぜか。おそらく鉾建て時に試される重力加速度を超えないからだ。年に一度の数分間の作業が、鉾の巡行の安全性を確認するシステムである。町家の「破損箇所の改修」にも同様の理屈がある。町家の柱脚が載るひとつ石の、年間0.6mmの沈下は自明である。100年後には当然のように揚げ前を行なう。それを超える不同沈下の原因解決がより大切になる。イガミ突きは傷んだ町家を苛めている訳ではない。立ちを戻すことで仕口の健全さを測る。それに耐えられない部位の音が変わり破損が現れる。結果的に必要な材の取替えや補強が出来る。手順の中に目視以上のテストが含まれる。床、壁を水平、垂直に貼り直すことは構造改修と関係ない。構造改修のプロセスを詳細に公開し、理解を求め、所作としてまとめることは、京都の町家に責任を持つ伝統構法の技術者達にとっての急務である。

 「耐震改修」の要否の検討には対象となる町家の仕分けが必要と考える。「破損箇所の改修」のセオリーが本当に有効に働くのは側柱が2階まで通る町家であることが実務からわかるからだ。その後の昭和初期型の町家では、構造改修に別の困難を伴う。それまでの町家が持っていた明快なジオメトリーが失われているからだ。その点から、先に地震に対する性能評価が求められているのは昭和初期型の町家だと考える。それらは京都に残る町家の過半を超える。

 平成20・21年度の京町家の悉皆調査では47,000軒の町家の存在が確認され、数百の良質なストックも数えられた。しかし近い20年間で失われた町家の数は、はるかにその数を超え、もっと立派な町家も、もっと多く含まれていた。この時代に京都の街の姿を変えてしまった責任は1000年を越える都の歴史の中で途轍もなく大きい。残された町家を大切に残す方策は当面の通過点かもしれない。京都の歴史的街区で、伝統構法による町家の再生産を実現する道が続く。おそらく次の20年間では失われた景観を取り戻す責任は全うできない。しかし、次世代、さらに先の世代には、町家を合法的に再建し、再び京都の姿を取り戻す選択肢は遺す事は出来るかもしれない。

2011.11.1