• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家再生研究会

京町家塾の再開

松井 薫(再生研究会幹事)

第1回目の京町家塾の様子
 今年から「釜座町町家」が、京町家ネットの活動拠点となるのを機に、京町家塾を再開することとなった。京町家塾は今から10年前、情報センターができる前の時期に、再生研究会で町家継承の阻害要因の一つが、町家の流通するところにあるので、町家の流通事情を調べることになり、調べてみると、流通にかかわる人(持ち主・仲介業者・賃借人・改修工事関係者)それぞれで、「町家」の認識がばらばらであることが一番大きな問題だということがわかった。そこで、再生研究会の例会で、いろいろな先生方から聞いた、町家に関しての話を要約して伝える場を作ろうと思い立ち、加えて以前は普通に行われていた、町家の維持のための技術(べんがら塗り・障子紙張りなど)も体験しようと8回にわたって町家をお借りして塾を開いた。第3期まで実施して、延べ80人程度参加してもらったが、そのあとは情報センターの準備期間に入って中断していた。またこの京町家塾の内容のダイジェストが、ブックレットvol. 2にまとめられ、幸いこのブックレットが好評で品切れになっていたのを、釜座町町家の改修後のオープンにあわせて、内容を付け加えてvol. 2改訂版として再版することになり、これにあわせて京町家塾も復活することになった。
 新しく始める京町家塾は、範囲を広げ、A、B、Cの3コースと特別講義の4つのメニューとした。Aコースは、町家の歴史・地理的広がり・町家単体の意匠・構造・町家の生活の特性など町家に関する知識を深めてもらうコース。Bコースは自分たちでできる範囲は改修したい人たちの要望に答えて、木工技術・べんがら塗り・木舞掻き・荒壁・三和土・障子紙張りなどを実際にやってみるコース。このAコースとBコースを交代に月1回のペースでそれぞれ6回行うことで1年間のスケジュールとしている。Cコースは、町家の生活に即した文化(茶道とか年中行事とか)や歴史(町内の古文書の解読など)に関するもの、特別講義はそれぞれの専門の先生方による専門分野の話を、適宜、塾として取り組んでいくことにしている。
 幸い、Aコース、Bコースの塾生の募集をしたところ、募集から2週間ほどで、今年1年分の予定していた人数が埋まってしまい、これを見ても、多くの人がこういう機会を待っていたことがわかる。
 何故、今、寺子屋形式の町家「塾」なのか。それは人と人のコミュニケーションの基本である、顔をあわせての対話でしか伝わらないものが多くあること。1年を通して何度も釜座町町家に足を運んでもらうことになるが、季節による温度変化、光の変化などその場の環境も含めて五感を活かしながら聞くことが、話の内容を理解するのに役立つこと。何よりも、町家の話を町家の中で聞くことにより、実感を伴った理解が得られること。そして、その中で町家の生活の楽しさを、参加者それぞれが発見してもらいやすいこと、である。現代生活の中では情報を得るための手段は、本や雑誌・新聞・テレビ・インターネットに接続されたパソコンと飛躍的に増え、得られる情報量も膨大なものになっている。一方、人間の情報処理能力は、印刷が発明された時点でピークをむかえ、現在に至るまでほとんど変わらず、1MB程度だといわれている。結局、多くの情報があっても、それを処理し、加工して、身体に取り込む量は限られており、要するに安易に得られた情報は、簡単に忘れ去られるということだ。その点、対面形式の少人数での塾は、選ばれた情報を、短時間で質疑応答なども通じて加工処理でき、五感を通じて身体化できる点で、非常にすぐれた方法なので、この一見古臭い塾という形式を選んだ。
 第1回目は、この京町家塾の塾長でもある、花園大学教授高橋康夫先生の、町家の歴史の特別講座だった。予定していた定員をはるかに超える33名が出席して、釜座町町家の2階で縁側や中の間にも人があふれる状態での講義となったが、参加者も大変熱心に話を聞き、質疑応答も次々と質疑があり、高橋先生に一つ一つ丁寧にお答えいただき、終了時間をかなりオーバーしてしまった。終わったあとも先生の机を数人が取り囲んで、いろいろと質問し、話を聞くという状態だった。この京町家塾を実施することによる効果は、以下の3つの段階が考えられる。先ずはこの1年で今回参加希望の塾生たちが町家に対する知識を身につけ、技能を習得することだが、今後も町家に興味や関心をもった多くの人たちが、この塾に参加し、町家に対する理解を深めることで、次の世代へ町家が継承されていくこと。これが第一段階である。ただ、塾形式の弱点は、一度に多くの人を塾生として迎え入れることができない点であるが、1年間しっかり受講した塾生たちが、今度は自分たちが、自分の言葉で町家の良さを伝え始めることで波及していく効果があると思っている。また先日の新年の作事組お披露目の席でも、町内の方々から、月に一度はお茶会をしよう、という声もあがっていたようなので、京町家塾Cコースとしてそのような取り組みも行えると、町(ちょう)家(いえ)としての役割や、地域との交流の場としても、少しでもお役にたつことになり、よみがえった京町家塾の意味も更に大きなものになる。これが第二段階である。この段階になれば、地域との連帯の中で、町家の存在意義が広く知ってもらえるようになり、地域の中で埋もれている、使われなくなった町家が意識されるようになってくる。それらをこんどは積極的に新しく活用する手立てが、地域の問題として考えられるようになる。町家の活用を希望する人とうまくつながれば、町家の新たな住み手も加わることになり、地域の活性化にもつながるだろう。更に、第三段階として、これからの社会を担っていく、小学生、中学生たちにも、町家の知識や生活の体験学習の場として、教育プログラムが京町家塾で作られるようになると、京都の小学生や中学生は、少なくとも1度は京町家の勉強をし、生活の一端を体験することになり、京町家という側面から自分たちの住んでいる地域の特性を知ることにつながるわけで、教育効果としても大きなものが期待できるし、何よりも次の世代が町家に対しての理解を持つことにより、年間1000軒近く壊されている京町家の実態の強力な歯止めになるのではないかと、期待している。このような3つの段階を描いて、京町家塾は再スタートした。
2011.3.1