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京町家再生研究会

町家と音楽

松井 薫(再生研理事) 
手元に1本のクラシックギターがある。サウンドホールから中のラベルを見ると、1997年製のHIROYUKI YANOと名前が入っている。当時京都府立大学の矢野浩之教授(現京都大学生存圏研究所教授)が開発された、スーパーウッドを使ったギターだ。矢野先生は、17世紀終わりから18世紀初頭にかけて、イタリアのクレモナで製作されたストラディバリなどのバイオリンの名器が、何故いい音が出るのかを研究された。詳しいことはよくわからないが、スーパーウッドのギターを商品化した下鴨の月光堂楽器店の加藤社長によると、楽器に使う木材は十分乾燥させたものを用いるが、若干の水分の吸収、蒸散がある。水分を吸収すると木材の主成分であるセルロースの鎖の間に水が入り、その間隔が広くなる。音を出した時の振動がばらばらに振動すると、繊維の摩擦が大きく、与えたエネルギーの一部が熱損失として失われる。そうすると音の響きが低下する。そこで化学的(板内部のセルロース同士を固定するためにホルムアルデヒドを使う)処理をして、鎖を固定してしまうと、間隔が広がらなくなり、音の振動吸収が少なくなる、ということらしい。理屈はよくわからないのだけれど、試奏してみると、体に響く音の感じが、今までの楽器にはない強いものがあり、勧められるままに買ってしまった。名器といわれるものの木材は300年ほどの間に、水分の出入りがなくなるぐらい強くセルロース鎖が固定している状態に変化したということだ。町家に使われている木材が、湿度の調節をしているのは知っていたが(そのことにより、さまざまな利点がある)、300年も乾燥状態を保っておいておくと、水分の調節をしなくなるらしい。
 楽町楽家をはじめ、町家で木質系楽器の演奏会をすると、響きに敏感なプロの演奏者も含め、聞いている人たちがとてもいい響きだと感じてしまう。何故か? まず第一に町家の内部を構成している、木や土壁や紙やいぐさなどは、表面にでこぼこが多い。そのために音を吸収しやすい。それが、町家の中で音楽を聞いたとき、耳に心地いい音として聞こえる要因だろう。マンションや最近の家に一般的に用いられているプラスターボードの上にビニールクロスを貼った仕様の室内では、音を聞いたときに高い音がキンキンと耳にうるさい感じがする。町家の場合それがない。自然でストレートに素直に音が聞こえる。町家の中では長時間音を聞いていても、疲れにくい。もうひとつ、倍音の問題がある。アコースティックな楽器を演奏すると、主になる音と共に、豊富な倍音が出る。これは、可聴範囲を超えたものも含まれる。町家の場合、家全体が共鳴箱として、豊富な倍音も含めて音を増幅、強調してくれる側面がある。室内の表面材料では、とんがった音を吸収し、一方では家全体でふくよかな音空間に包まれる。これが町家で音楽を聞く場合の特徴だろう。楽町楽家などでプロの演奏家に町家で演奏をお願いすると、音の響きの素直さ、直接音の返り(反響音)が少なく、それでいて音に包まれる感覚に、もう一度演奏したい、と演奏者側からよく言われた。昨年の3本のリコーダーの演奏会の時、初めは庭の見える座敷を演奏の場に予定していた。予定通りそこで音を出してもらうと、音も心地いいし、一人一人の演奏もよく聞こえるので、これでいいか、と思ったが、試しに吹き抜けの土間で音を出してもらった。すると音の響きが全然違い、3人の音が良く溶け合って、ひとつの響きを作ることがわかり、急遽土間を演奏の場に変えた事があった。町家の場合はそのように家の中のどこで演奏するかによって音特性がかなり違うのも魅力だ。
 もう1本のギターがある。これは1970年製の日本人のギター製作家の名前が書かれている。手に入れてから数年弾いた後、長い間置いたままになっていたものを、ここ10年ぐらい前からまた弾き出した。すると、最近になって、音が明らかに良くなってきた。響きもよくなり、音も前にでて、音色も透明性が増した。私の思い込みなのかもしれないが、楽器を弾いている人は、よく弾き込んだら音が良くなってきた、という感想を言ったりするように、確かにそれがある。矢野先生によると、20年や30年で、木材は細胞レベルで変化することはない、とのことらしいが、確かにどう聞いても以前よりはいい響きである。20年や30年弾きつづけたからといって細胞レベルでの変化は認められないというのが、一般的な科学的な事実なのだろう。が、確かに響きがよくなった、音色がよくなった、というのも間違いはない。こちらのほうは思い込みだろうが何だろうが、私にとっては真実なのだ。そして普遍的事実よりも、思い込みの真実のほうが自分自身にとっては大切なことだ。よりいい音を出そう、いい音色を出そう、と弾いているうちに、少しづつ少しづつ楽器がそれに答えて、いい音を出せるようになる、と思いたい。
 町家の建物は毎日毎日の生活の中で、意識され、気にかけられて磨かれていく。時には具合の悪くなったところを修繕し、大切に使い続けられてきた。いつも美しく保つことを心がけて生活されてきたことが、楽器を弾き込んで音色がよくなるように、建物に落ち着いた美しさと、人を安心させる雰囲気を作ってきたのだろう。町家の場合、たとえ人が住まなくなって、部分的には修理が必要なぐらい痛んでいたとしても、その空間に入ったとたん何かほっとして、心地いい雰囲気に包まれるように感じるのも、長い年月大切に使い続けてきた人の思いが、柱や土壁、畳などに記憶されており、それを感じることができるからだろう。痛んだ古い建物という「事実」よりも、自然と共に年月を経て、そこの居住者がどんな思いで生活してきたかという記憶を感じ、それを継承していきたい、と思わせる「真実」の声に耳を傾けたい。
2010.7.1