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京町家再生研究会

地域社会の変貌と町家再生

宗田好史(京都府立大学、再生研理事) 
 町家の減少には様々な理由があった。社会経済の変化や家族の姿、暮らしぶりの変化などである。また、町家に住み続けたいと思う住民には、四大問題、つまり地価上昇、周辺環境悪化、維持管理の困難、耐震性への不安があった。住民の問題は少しずつ改善されているものの、社会経済の変化は止めることができない。
 経済面では、町家は都心の住宅や店舗として再生することで、その優れた建築的特性を活かすことができる。社会面では、核家族化が進んでも町家は家族の絆となり、健全な暮らしの場として子育てに適しているという主張も受け入れられてきた。しかし、もう一つ、急激に変貌する地域社会にとって、町家再生とはどんな意味をもつのだろうか。
 京都では番組、公道組合、元学区など呼称を変えつつ、古来の地域社会が継承され、市政、市民生活、三大祭など京都の伝統文化や産業を支えてきたと言われる。町内会、自治会、自治連、連合会、社会福祉協議会など、市内でも行政区ごとにその呼称も組織形態も異なるが、これらの組織への住民の参加率が減少、組織率も危機的といって程に下がっている。原因には、単身世帯の増加、個人事業者が減りサラリーマンが増えた、生活利便性の向上、情報技術進展などが上げられる。
 京都市の平均世帯人員は2.17人(2009年7月)、下京区1.87、中京区1.91、上京区1.92、東山区1.96が低く、西京区2.48が最高、全市の単身世帯率は42%、都心では5割を超えた。フルタイムで働く女性が、中京・下京の都心で急増し、郊外でも非正規雇用で働く女性が多い。都心でマンションが増えたからだが、一人が多いからマンションが増えたとも言える。急速な少子高齢化と非婚化の現れである。
 2004年度市政アンケートで、参加率の高い活動を尋ねると「自治会・町内会」が48.2%、「PTAなど学校関係」39.5%、「ボランティア、市民活動」4.8%、「参加なし」は29.7%。2007年内閣府「国民生活選好度調査(全国)」でも、「年数回程度以上、町内会・自治会へ参加した人」は48.5%。都市は低く、田舎は高いため、京都は政令指定都市としては比較的高いが、単身者の多い都心の参加率は急速に低下した。1970年の全国平均参加率が90.2%だから40年間で半減、この十数年でも一気に低下した。日常的に参加する人は更に低く、2007年に12.7%、市内のほぼ9割で、古くからの住民の一部だけが組織を支えている。
 今や市民は多様化し、近隣だけでなく、市民活動にシフトするという見方がある。その一方で、高齢者が増えた分、伝統的地域社会が要るという声も多い。生活が便利になり、地域だけでなく会社でも家庭でも人々の絆は急速に薄れ、無関心層が増加するのは止めようもないと言えるし、単身者が増えた分、絆を求める人は増えたはずとも思う。活動が多様化した分、選択の幅が広がり自由になったと評価する人もいる。自治連や社協の活動こそが地域の絆と思って頑張る人がいる半面、自分に合った活動があれば十分、なくても暮らしていけると思う人が増えた。実際、どの地域でもごく少数、多くて1〜2割程度の住民が参加する活動が、それぞれに低い参加率で複数あり、選択肢は広くても参加率は上がらない。町内会のような伝統的組織こそ大切という意識は、すでに薄れつつある。
 とはいうものの、市の都市計画施策では町家、景観については、今も元学区住民にまちづくり委員会を作ってもらい、その中での議論で町家と町並みを残そうとしている。熱心な活動が繰り広げられ、マンション住民を含む住民全員にアンケートしても、当事者の皆さんは地域住民の総意を図りかねている。
 世代間の交流が少なくなったとはいえ、異なる年代の人々の意識が違うのは誰でも知っている。しかし、だからこそ近隣の付き合い方、自治組織への思いが異なり、活動の基本となる常識がズレていることは意外と知らない。誰もが自分を基準に考え、他人を否定してしまう。だから、地域の慣習を承継するのか、変えるべきかの議論が進まないままに、手探りで新しい世代の人々が担う地域社会の在り方が模索されている。
 確かに問題もある。参加しないマンション住民の側にも問題があるだろうが、現在の組織には参加しにくさがある。例えば、女性にあまり開かれていない。特に働く女性とその家族が参加しにくい。働く女性が過半数になった今でも、専業主婦中心、同様に、サラリーマンが9割の現在でも地元にいる自営業者や年金生活者が組織を支えている。そして、新しい人を入れる仕組みもなければ、人を育てることも難しい。子供のいない家庭も多く、地域の絆にならない。
 さて、町家は地域の絆を取り戻すのに役立つのだろうか。馴染みある町並みが残されていることを大切に思う住民は多い。増えてきた。また、社会の変化のスピードが少し落ち着いてきたように見える。町家を「町の縁側」として高齢者の溜り場に開放する家も増えた。しかし、多少の努力では取り戻せないほどの危機的状況である。伝統を懐かしんでも、時を戻すことはできない。町家再生の次の課題は、町家を継承できる地域社会の再生である。町家の町並みが維持された人の絆を新たに再生するためには、どんな仕組みが要るのだろう。あまりにもバラバラになった現在、再び集まって住む家として町家の再生を考える必要がある。高齢者のコハウジングの再生事例もある。学生や単身者の長屋風の集合住宅を考えたこともあった。一棟の家の中で隣人の気配を感じる暮らし、かつて町家や長屋にあった肩を寄せ合う暮らしの作法と魅力の再生から地域社会を考える取組みを次の課題として考えたい。
 その時には、町家や長屋の再生だからこそ始められる新しい隣近所のお付き合いのあり方も考えたい。再生町家に暮らすの住民の皆さんに、その可能性を尋ねてみたい。
20 09.9.1