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京町家再生研究会

京町家新築のシナリオへ

末川 協(再生研幹事) 
■町家の新築は正当か
 住み手の判断による町家再生の功績は広がり、京都ではこの数年で、町家を直して住み続け、次代に引き継ぐ選択肢は一般化した。新しい景観政策や町家再生の公的な制度の拡充が町家を残す動機付けを広げている。生まれ育った建物を守り活かし、次代に託すことは、そもそも社会的にも歴史的にも間違ったことではなかっただろう。だとすれば、これからも京都に住む人が、従来の歴史的街区に伝統構法で再び町家を建て、暮らしたいと願うことも、ご町内に迷惑のない限り道理にかなう。京都でマンションや建売、プレハブに住みたい人がいても良し、だが新しく町家を建てたい人がそれをできない状況は少なくともフェアではない。

■町家存続の阻害要因に向かうこと
 都市計画レベルでは、防火地区をはずす技術的な代替策、それを補完しているだろうソフトの効用もデータとしてあり、市消防局での町家の存続を前提とした訓練も聞かれる。一昨年の景観政策で試されたように、今後も京都に適切な容積率、建蔽率、建物高さは議会民主主義的に決定できる。コンプライアンスという流通や融資での障害、税制の不利益も自助努力の範囲といえばそれまでである。伝統構法を伝統構法で直すことが、そもそも建築基準法の枠外という認識は、京都でも各地でも、合意が確認された地域や伝建地区の中で、現実的な法の運用上、常識の一部となりえた。そしてとことん傷んだ伝統建築の改修をできる職人にはそれを新築できる力量がある。

■町家と建築基準法の間でのスタンス
 町家の新築に基準法が関わる必要があるなら、伝統構法の認知が不可欠である。これを町家の「適法化」や「合法化」と呼ぶことはおそらく日本語的な間違いで、京町家をつくる伝統構法に関する限りは近代そこそこに完結し、最後に造られた昭和初期型では技術的にぶれ始めている。構造性能評価の取組みが国家事業でもはじまった。先立つ2005年の実験での京町家の揺れ方も、町家の構造に桁行の壁が無く、柱が一つ石に載り、妻壁に通し貫や横架材が無く、足固めが無い訳をリアルに考える糸口を与えてくれた。故に台風や大雪があり、地盤も生業も違う日本各地の伝統構法が、年度事業の中で数値化された性能評価を得、仕様規定されると簡単に信じることは技術的倫理が簡単に許さないかもしれない。60年間の空白を埋めるはずの試みが、町家に似て非なる建物を第二の在来工法のように生み出せば、断絶はさらに長びく。
 戦中に焼き尽くされた60超の都市の復興に建築の「最低基準」は必要であったろう。それが制定の始めから既存の伝統木造建築とは脈絡が無いことで、京町家の存在が、「国民の生命、健康及び財産の保護を図り、公共の福祉の増進すること」と矛盾しないならば、基準法はその再生や新築の排除や規定に働く説得力を持たない。StandardはLawとは別の概念で、誠実原則や倫理規定を欠く限り、偽装と厳格化の悪循環には出口が見えない。技術者の内面的な倫理感を麻痺させ、品質への責任を権限外のこととし、目を背け沈黙させれば、逆の問題となる。

■伝統構法の信頼性の担保
 基準法以前に町家が建てられていた時代をイメージ出来れば、想像される無政府状態はさほど恐ろしくない。町家改修の実務の中で、伝統構法はやたら深くて難しい。それぞれの物件ごとに、細部にも全体にも、個別の技術的な課題が付きまとう。出来ない職人が頑張っても駄目、出来る職人が手を抜いても駄目、出来る職人がまともに取り組んで、まともな仕事を納める。その点から極論すれば、伝統構法の修得と実現のプロセス自体が誠実原則を担保している。基準法以前に国会議事堂も同じように建てられたのであろうし、およそ社会的な技術の領域では常に当たり前のことだろう。簡便な手続きの方便はありえても、その修得や実現に簡易なプロセスなどあり得ない。技術者が自分で技術を信頼しない限り信頼を得られるはずはない。
 果たして手抜き町家が造られればどうなるか。住まい手と造り手の顔がつながっている限り、やり逃げは許されないし、悪評が立てば二度と地域では仕事は来ないだろう。瑕疵担保責任を問うまでもなく建物へのお出入りは当たり前で、仕事のプロセスと成果が公開されることで地縁社会が仕事の質を担保できる。

■ 判断を住まい手に戻すこと
 住まい手が自身の選択と判断の責任に戻れば、企業ブランドとは別の実証主義も選択肢の一つとなる。かつて暮らしたブータンでは中古のインド製冷蔵庫は新品よりもうんと高かった。なぜなら未だ故障していないのである。笑い話のようである。個人の経験を超える時間の中で万単位で実物検証されてきた町家の、今の築80年以上のリアルな存在を住み手が信じることは、おそらく自然な判断である。それらが文化財や景観重要建築物である必要もないだろう。先人の知恵を集めた歴史的都市遺産の保全の理念とシステムは、世界の文化的な国々には普通にある。町家の再生が既成事実となっていくように本物の町家の再生産が普通に行われる日が待ちどうしい。
20 09.5.1