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京町家再生研究会

試論・町家構造事始

末川 協(再生研幹事) 
 京都で町家の再生のお手伝いを始めて4年余り、建築を目指し始めた時に願っていたように伝統構法の改修への取り組みが日常のこととなった。自身の力量の限界は承知の上で、現時点での個人的な町家の構造への理解の到達点をまとめてみたい。

■町家の構造の「状態評価」と「性能評価」
  町家の改修の相談に出向くと、多くの依頼者が地震に対する建物への不安を持っている。当たり前である。そこで技術者が出来ることは何なのか。いわゆる耐震診断と称して行われていることは何なのか、依頼者への説明責任が求められている。今のところ自分が町家の構造調査に対して責任を持って出来ることは町家の構造の状態評価に留まると考える。後述のように町家には独特の本来的な構造があると考えるならば、その前提の上で、傷んだ仕口や、基礎の沈下、蟻害や腐朽の状態、芳しくない今までの改修履歴などの全体を把握し、同じ伝統構法の中でそれらを健全に戻すための提言は一技術者として可能である。
 一方伝統的な町家に地震に対してそもそも不備があるという考え方もある。新しい別の評価基準で町家の構造の性能評価を行い、個々の町家に欠けている構造の要素を補おうとするならば、個別の診断という形をとるまでもなく、実際にはほとんどの町家は診断をする前から「不適」の判断をされることは当たり前で、耐震改修は必然となり、それを行わないなら町家は壊したほうが良いという判断が導かれる。そして実際に多くの町家が壊されることになったのが町家をめぐる近い歴史のように思われる。

■町家の極限的な構造
 一口で伝統構法と言っても町家には独特の形式がある。一つはよく言われるように町家は最小限の部材で成り立っていると言うことである。部材の数も断面も他の民家に比べて少なく細い。しかし見かけの材の少なさや細さだけを単純に不安の材料にだけにしてはならないと感じている。この点は町家の構造は極限的な経済設計でもあると理解できると考える。最小限の部材で外力を受け流し柔らかく構える町家では、先達の指摘にもあるように不要な横架材を介さずに最短距離で地盤まで力を伝え、細くとも長い材で木材の最大の利点である曲げ応力を最大限に用いる。細い材同士の材軸上で、力が立体的に全方向に、外力の大きさに応じて時には剛、時にはピンとして一点で伝わるために、その仕口には小根付の一本だけの込栓が多用されている。

■町家の二方向の構造 
  もう一つの町家の構造の特徴は、妻方向と桁方向でシンプルに明快に構造が異なる点である。町家の桁行の構造は単純に言えば側柱と母屋による門型である。時には大黒や恵比寿柱、地棟やササラがはいり、3本足や鳥居型ともなるが、地震に対しての理解では左右に自由に動く門型である。一方の妻壁は三角形に近い安定した一枚の壁である。そして同時に、母屋まで一本の側柱に挟まれた段階的に高さの違う間中のスパンのパネルで連続的に構成されている。一枚の屏風のようでもあり、縦型ブラインドのような構造でもある。つぶさに見れば当たり前の、この町家の二方向の構造の特徴を、町家の地震に対する性能を考える上で顧みる必要があると考える。
 平安京からの街区に詰め込まれたうなぎの寝床のプロポーション、前後に流すしかない雨水のための大屋根の形状、桁方向の間仕切壁が使い勝手上とれないこと、在来工法的に見れば町家の構造は不合理の塊に見えるだろう。しかし、この都市住宅としての町家の形状と町家の構造の二方向の使い分けを同時に理解する必要があると感じている。

■町家の地震に対する動き 
  2005年に行われた実験での大型振動台上に移築された町家の動きは多くの示唆を与えてくれた。それぞれの桁行の門型のフレームは大屋根の勾配に応じて、高さが変わり、同じ地震に対しても段階的に連続的に周期が変わり、結果的にその端部の妻壁は平面的にはS字型に波打つように動いているように見えた。妻壁の中のそれぞれの側柱間のパネルは左右に力の入る時間的なズレの中で、左右にシコを踏むように前後に動きに切り替わり、柱は石の上を踊りながら、内部の土壁の側柱の間の動きで力を吸収するように見えた。極論すれば、町家の地震に対する性能は、そもそもから桁行には期待せず、両側の妻壁だけが負担すること、桁方向にかかる地震の力も、建物の形状を活かすことで時間的に分散させながら、妻側の面内の動きに90度振り替える仕組こそが町家の二方向の構造の使い分けを理解する鍵だと思われる。

■町家の構造のディティール
 上記の前提にたてば、町家の妻面で側柱の断面が本来の強軸方向に置かれていることも、それがどれだけ細くとも一本でなければならないことも理解できる。妻壁が面外からの力を柔らかく強く受け入れるために妻壁の貫が厚すぎてはいけないことも、逆に小舞が京町家では、ありあわせの材料でなく、必ず真竹で編まれている訳も理解できる。妻壁の中の一枚ずつの土壁がパネル状に動くために、原則として妻壁に横架材があってはいけないことも、足固めがないことも、貫を柱に通していないことも、柱が一つ石の上にのるだけであることも理解できる。構造的に不要な桁方向の間仕切の土壁が床下、天井裏で止めてある理由も、逆に妻壁の端部と取り合う表裏四隅の一枚ずつの桁行きの壁の大切さや、ヒトミ梁の象徴的な大きさも理解できる。屋根面も床面も無用に固めてはいけないことが理解できる。
 町家の構造の性能評価への取り組みは町家の構造の一つ一つの成り立ちやその訳を学んでいくところから始まるのだろうと思う。町家を生み出した大工たちが目指していただろう明快なジオメトリーに思いを寄せるところから始まるのだろうと思う。
20 08.9.1