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京町家再生研究会

建築基準法と伝統木造工法

木下龍一(再生研究会理事) 
 景観法が施行されてはや2年が経過した。昨年度は景観行政団体である京都市において景観形成区域の選定や、景観計画策定作業がなされたと聞いている。市中心部において町家が景観重要建造物に取り上げられ、改修保全される環境が整い、いよいよ実践段階へ移行することになる。今まで京都市が美観・修景地区として指定してきた、本願寺東寺界隈区域でも26.5ヘクタールが景観整備条例の対象区域に拡大されることになっている。もちろん景観重要建造物としては町家だけでなく、近代建築や公共施設、さらに樹木や庭園等、都市景観を構成する様々なアイテムが包含されるのであるが、再生研究会がターゲットとする京町家の保存再生を、幅広く確実に展開してゆく画期的制度として定着し、かつ市域全体に拡がってゆくことを願っている。
 
  ところで、町家を建てたり改修する場合において、以前はそれぞれの地区を担当する町家大工か、もしくは建主の家に出入りの大工が、熟練の技と社会的信用を礎に普請をしてきた。中世に誕生し近世に工法が確立され、近代に変容しながら発展し続けた京町家は、日本建築史の中で一つの典型的な美様式を確立したと考えられる。昭和25年に建築基準法が出来、木構造の構造規定がなされ、時代と対応しながら改正され今に至っているが、基本的に京町家に体現された伝統木造構法の内容とは相矛盾している。それは基準法が作られた当時、大工の意見も多少参考にされたかもしれないが、ほとんど木造以外の建築設計を専門とする建築家及び大学の構造学研究者の間で議論され、決定されたのではないだろうか? それまで歴史的に積み重ねられ洗練されてきた、京大工の高度な技術と知恵、「木の建築」の思想はその時捨象されたと思われる。戦後日本社会に必要な復興住宅の大量生産のための、在来構法を適性化する基準としては理解されるが、町家や民家全般に共通する伝統構法の考え方とは相入れるものではない。
 

京町家・T邸架構図
  現在改正された建築基準法では、性能評価規定を導入することにより、自ら数値的データを伴い実証すれば、あらゆる方法に道を開くという実証科学主義の態度を表明しているが、全ての歴史的建造物の存在や自然界にある有機体の構造を数値化すること等不可能であることは自明である。人間がどのように自立して運動出来ているか? 樹木が、五重の塔が、暴風や地震に対してどの様に揺れ動き耐えているのか? それを解明しようとして科学する態度は大切である。しかしながらその証明がないから危険であると騒ぎ、一世紀をこえて建っているものを破壊する必要が果たしてあるのだろうか? 日本の大工術は4〜500年の経験を蓄積継承しながら、町家の構法を練磨し平準化してきている。1軒1軒生業に応じ、建て主の意向によって相違している様に見えながら、町家の構造つまり、木材の選択、木割、仕口や継ぎ手、架構へのメカニズム、礎石、竹小舞、土壁塗等の仕様は、大工や建築職人に とって、共通の平易な作法として広く伝承している。それは現実に存続する町家をひもといてみれば一目瞭然である。漏水や蟻害により傾いたり不同沈下した柱を根継ぎし、たて起こし、傷んだ仕口や継ぎ手を補修し、込栓やクサビを締め直す仕事を通じて、再び町家を建てた大工達の考え方が蘇ってくる。京町家の特徴としてあげられる、空間構造や美様式を支える建築職人の技と工夫が、そこに確実に記録されているのだ。私は常々設計者として改修現場に立ち会うが、大工、左官、瓦師といった職人達と施主が、その記録を同時に読み取りながら、町家の成り立ちを了解し、安心を取り戻す共同作業をしていると感じている。従って切妻平入木造2階建という限定された建物としての町家は、その骨組みと改修法を良く知った設計者、施工者が実情を調査し、修理の方法を建主や居住者に充分説明し、信頼を共有して依託されるべき業務である。当研究会では改修中や改修後の町家の見学会を通じてその所有者や居住希望者と意見交換すると共に、他方では建築士会の木造設計者や府建築工業協同組合の施工者の方々と設計施工交流会を開催して、町家の伝統木構造や改修方法について研鑽と周知活動を積み重ねてきている。次段階の目標として市や府の地方行政機関のレベルで京町家の伝統木造構法を建築基準法とは別枠で地域認定し、技術と知識の両者を携えた設計者及び施工者が責任をもって町家を改修し、新築することの出来る新制度を用意してゆく必要があると考える。

2006.5.1
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