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京町家再生研究会
宗田好史(再生研副理事長)

国家戦略・伝統的建造物活用特区

 昨年、全国35の自治体が名を連ねる歴史的建築物活用ネットワークから国家戦略「伝統的建築物活用特区」が提案された。このネットワークには、奈良、金沢、高山、倉敷、彦根、八女などの町並みで有名な市もあれば、京都府の福知山、宮津、南丹、木津川、伊根、井出、和束、笠置などの市町も入っている。また、関係団体として全国町並み連盟、全国ヘリテージマネージャー協議会、奈良建築士会が、さらに近江八幡や姫路などから15のまちづくりNPOが名を連ねている。反面、京都からは市もNPOも入っていない。すでに町家の活用が盛んで、度々この紙面でも報告した京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例(通称三条条例)が施行されているからで、この特区の申請が京都の後追いだからでもある。確かに京都市のように独自条例を定める力量を備えた自治体は少ないし、京都が開いた突破口を全国に広げたい気持ちもよく分る。

 この新たな特区申請に特徴があるとすれば、衰退した地方都市を観光振興で再生という大義を上げ、旅館業法、消防法などの規制緩和の部分を強く出すことで実を取ろうという点だろう。その分、京都の条例が挙げる歴史的建造物保存の意義が薄れた感がある。

 一歩先んじた京都だけに言い方に配慮がいるが、京都の経験から見ると疑問が残る。第一に、どんな町でも伝統的建造物を活用すれば店として成功すると思うのだろうか。第二に、その町でこれまで伝統的建造物が活用されなかったのは規制だけが原因だと思うのか。第三に、活用すれば観光客が増えると思うのかという点である。

 我々自身にも反省すべき点がある。京町家再生は京町家ネットの活動の成果だと思わせる言い方をしすぎたかもしれない。私もその端くれだと思うが、特に建築関係者の一部には、了見が狭いわけでもないだろうが、何事も自分の手柄だと言いたがる悪癖がある。

 言うまでもないが、反省を込めて確認すれば、京町家活用はまずその所有者、住民、そして事業者の力があって初めて可能になった。賛否両論があった町家店舗も、その中身、個々の経営者の創意工夫があって初めて成功したことを忘れてはならない。創意工夫があった店だけが成功したといえる。加えて、京都という国内外から人気を集める歴史都市での話だから、町家活用は観光面からも評価された。建築関係者が金を出して町家を再生、活用した訳ではない。客を集めた訳でもない。町家の作事を手伝っただけである。

 だから、特区に認定されても簡単にはいかないよと言いたくなる。これら地方都市の伝統的建造物の所有者、町の事業者、観光動向など、条件はよくない。金沢や倉敷などすでに条件のいいところでは活用は進んでいる。他の町では条件が悪いから建築屋に出番がなかったのである。建基法を緩和すれば簡単に町家再生が進むとは思えない。予断になるが、この理由について私は本を三冊書いて語ったのだが、どうも分ってもらえない。

 一方、三条条例ができた京都でも、建基法の規定内でも町家の修理・修繕はかなりできる。法の運用に当った指導主事と申請者側の理解が足りなかったことも多い。実際、『京町家できること集』を京都市の建築指導部が2月末に公表している。全国の仲間にも役立つ資料になるだろう。建基法の問題からも分るように、まず建築関係者の多くが伝統的建築物再生に不慣れな状況の深刻さも見えてきた。町家再生の関係者ですら不慣れなのだから、一般の住民が伝統的建築物再生に慣れ親しんでいない点はそれ以上に深刻だろう。

 特区申請の説明によると、1950年以前木造住宅の件数は、1998年193万件から2008年149万件に、つまりこの10年だけで33%も失われた。築65年以上の、人でいえば高齢者の住宅が、全国の住宅総数の4.4%から3.0%に減った。2014年、日本人の高齢化率は25%に達する。住宅ばかり若返ってどうするのだろう。

 先日、東京で開かれた京町家・東京シンポジウム「智恵の継承−京町家の再生を通して−」で、友の会の西村吉右衛門会長のちおん舎のお話を受けて、小島理事長が人を惹きつける古家の力を語っていた。世代を超えて大切にされてきた両家の力である。町家再生の将来を問われたアラード・チャールズ・ジュニア氏、西陣の再生町家をお持ちであるが、先進医療の発展でこの半世紀に倍に伸びた寿命の後半分は、次世代への継承に使えばいいと答えていた。無為に馬齢を重ねた我が身に恥じ入る箴言である。長寿命社会だからこそ古い家の価値を次世代に語る意味があるという。全国の伝統的建築物を残すことで、次世代に伝えたいもの確かに多い。

 この意味で、私たちの現代社会は切実に伝統的建築物を必要としている。それは、衰退した地方都市を救うよりも、衰退した私たちの心を救うために必要なのだと思う。未だ不慣れな長寿社会をより充実させ、この幸せを次世代の豊かさに繋ぐために古家はあり、私たちの活動も続く。京町家再生は、そんな多くの町家住民たちと、それを支える関係者の思いの結集であることを再認識した。

2014.3.1