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京町家再生研究会
小島冨佐江(京町家再生研究会 理事)

町家美術館 風雷房

 去る5月25日、ワールド・モニュメント財団(WMF)第2次プロジェクトの町家が美術館としてオープンした。この町家との出会いは約1年前で、友の会山田事務局長からのご紹介であった。この町家村西家住宅は、昭和7年(1932年)に上棟された大塀造仕舞多屋形式の町家で、内部は数奇屋を取り入れ、茶室や洋間が備えられた近代的な建物であった。芸術家木田安彦氏がこの町家の持ち主から頼まれて借りることを検討されているというお話だった。町中の本当に便利な場所にあるこの家についてはいつも通るたびに気になっていた。それまでお住まいだった方が今後のことを考え、木田氏に依頼されたとのことだった。木田氏のお母様とこの家の持ち主が20年前に家の維持が難しくなったら木田氏に頼むということをやりとりされていたというお話をそのときにお聞きした。だから自分がなんとかしたいということを木田氏がおっしゃった。

 WMFの第2次プロジェクトの検討にかかわっていた私は京都市景観・まちづくりセンターに連絡をし、木田氏のご了解を得て、この町家をプロジェクトの候補とした。第1次の釜座町は町家であったため、WMFの支援の前提である公共性については作事組の事務局としての機能も含めて問題なく進むことができたが、今回は個人所有の町家を個人が賃貸をするということ、どのようにして公共性を持たせるのかということが課題となった。しかし、木田氏が美術館の構想をお持ちということをうかがい、それは解決できると考えた。スタジンスキー夫妻とフリーマン財団の協力を得て、改修費の一部をWMFから支援していただき、町家美術館がオープンする運びとなった。

 春、秋の時候のいい時期に開館されるということ、照明や展示についても町家としての姿を変えずに自然な形でされるということ、知人のお宅を訪れ、ゆったりと床の間を拝見するような雰囲気はとても贅沢な美術館になるだろうと思っていたが、オープン後、訪れた方々の様子にそれが実現したことが感じられ、今後の展開にも大きな期待を持っている。来館者の様子を見ていると、床の間の前では自然な形で着座され、掛けられた軸を鑑賞し、ゆったりとすごされる。

 美術品の鑑賞がすむと、庭をながめながらのんびりとくつろがれる。この町家の時間の流れ方はとても贅沢である。あえて大きく広報もされず、ゆったりと訪れる方々を受け入れるという体制も京都ならでは。本来の町家の姿があるように思う。しばらく空家となっていた家は、人の手がはいり、磨き上げられ、風の通る美しい町家として再び新しい生き方を始めたことが強く感じられた。

 木田氏は「町家を守るには使命感(心いき)、センス、資金が必要」とお話になっている。

 今回の町家美術館は木田氏の町家に対する思いが具体となり、町家の維持、運営についてはすべてご本人がされるというお考えをお聞きし、私たちも少しぐらいはお手伝いをしたいという思いからWMFに協力を要請し、プロジェクトの実現に向けて昨年の秋から動き出した。

 本来、個人所有の建物に公的な利用は可能なのか、どのように公共性を持たせるのか、これが解決しない限りWMFのプロジェクトは町家では実現できないことであり、この点が最後まで論点となった。

 個人の家を公開するということについては、安全性、プライバシー、維持管理、建築にかかわる法律など様々な問題があり、町家を積極的に活用していくということを考えるときには、まだまだ高いハードルがあり、それを越えるためには大きな力と智恵が必要とされる。昨今の町家ブームの影響で町家を使ってなにかをしたいという要望は今も多くあるが、町家の抱える問題を客観的に見ているとやはり、活用に対してはかなり慎重にならざるを得ないのが現状である。

 本来はすまいであるはずの町家に対して公的な利用が可能なのか、WMFの前提である公開性をどのように実現していくのか、京都の町家の抱える問題についてのWMFの理解がなければ、第2次プロジェクトは成立しなかったと思うが、これらの課題がすべて解決されたわけではない。町家の再生、活用を考える時には必ずついてまわる問題である。特に大型といわれる町家については維持管理に費用も手間もかかり、活用については権利関係や改修費用にかかわる問題も大きく、残念ながら町家を守るという気持ちだけでは解決できないのが現状である。活用のための方策を継続して検討することが必要であり、早急な対応も望まれている。

2012.7.1