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京町家再生研究会
中川 理(京都工芸繊維大学大学院教授)

町家再生を社会に開いた意義──日本建築学会 業績部門賞受賞

 京町家作事組が2011年日本建築学会賞を受賞した。この意味は大きいと思う。
 日本建築学会では、毎年、建築に関する顕著な業績に対して学会賞として表彰しているが、その中で、論文・作品・技術部門に入らないさまざまな業績についても、業績部門として学会賞の対象として選考している。その業績部門の学会賞に選ばれたのだ。
 公表されていることでもあり、隠す必要もないのだが、私はこの業績部門の選考委員をつとめた。10名の選考委員の中で、建築史に関わる専門家は私ひとりであった。しかし、私以外の建築計画や構造系の先生方も含めて、作事組の評価は圧倒的なものであった。それをよく示すものとして、公式に発表された選定理由の情熱的な文章である。
 「京町家作事組は、町家の繕い・再生・居住を一つの作品として、すなわち一つの企て、一つの達成として、都市住宅づくりのもう一つの合理的共同体を編みだした。それは、町家の防災的制約条件乗り越えのソフトの可能性を考察・実践しつつ、伝統が孕んでいる空間構成の美的秩序と生活運営の律動的関係性=町家生命力の回復・再創造プロセス構築という意図的行為を見事に成功させた。」
 選定理由の冒頭の部分である。見事に作事組の価値を言い当てているのだが、それにしても大仰な表現である。署名は入っていないが、この文章を担当した(本人が書いた文章を委員会全体で検討し一部修正している)のは、わが国おけるコーポラティブ住宅の先駆的な実践者で全国各地でのまちづくり活動でも知られる延藤安弘氏(愛知産業大学教授)である。延藤氏の文章はいつも情熱的なのだが、今回はとりわけすごい。
 確かに、選考委員会の間には、延藤氏にこうした表現を使わせてしまうだけの、ある共通した評価の思いがあったのである。それは、一言で言えば作事組の仕事が持ち得た社会的意義と、その影響力の大きさに対するものだったと思う。もちろん、それは作事組の抱え込んでしまった課題であるとも言えるのだろうが。
 近年の建築学会賞業績部門は、歴史的建築の保存・再生の事業を対象としたものが目立つ。特に目立つようになる2004年以降に限ると、28件の受賞のうち、11件(40%)が該当する。これは、ようやくわが国でも、歴史的遺産を維持していく仕事が、社会的にも評価されるようになってきた証しである。ただし、そのほとんどは近代建築の保存事業に対するものである。昨年の東京の明治生命館や早稲田の大隈講堂の保存・再生の受賞が典型例だ。一方で、住宅や伝統建築の修復や再生を対象とした受賞例はほとんどないと言ってよい。それはなぜか。
 近代建築の保存・再生の事業は、大規模なスケールで巨費を投じて実施される。それは、事業主だけでなく、周囲の実に多くの人々を巻き込むことで初めて可能となる。したがって、その完成は社会的に広く祝福され、実際に大きな影響力も持つようになる。これに対して、住宅や伝統建築の修復や再生は、一つ一つ取り上げれば、そこまで大きな影響力を持つことができない。
 実は、これまでも業績部門に、伝統的住宅の再生事業の応募がかなりあったようだ。いずれも、卓越した技や手法を駆使した優れた事業ばかりである。しかし、それらはその事業の中で閉じた仕事でしかない、と評価され、受賞に至らなかった。つまり、どんなに優れた修復・再生の仕事であったとしても、それが個人の依頼に応える住宅の改修である限り、それが社会に対してどれだけの影響力を持つか、という点において建築学会としての評価が難しくなるのである。
 作事組の仕事も、一つ一つは個に閉じているが、その個に閉じているはずの仕事を、組織化することで、社会に開いてみせたのである。それは時代の状況から、開かなければ逆に個の仕事ができない、つまり伝統的な技術や、それを支える基盤が成り立たないという事情によるものではあるのだが、いずれにしても開いてしまったのである。その影響力は、計り知れないものあるはずだ。しかし、だからこそ、これからが正念場だ。一度開いてしまった仕組みは、延々と拡張させていかなければならない。「作事組全国協議会」の取組みなどは、まさにその表れである。
 選定理由は最後にこう言っている。「京町家作事組の活動と成果は、未来の町家をめぐる技術・景観・住居・文化・まちづくりの可能性をひらく創造的実践・変革へのムーブメントとして高く評価される。」
 確かに、作事組は、町家をめぐるあらゆるものを引き受けていく使命を担ってしまったのかもしれない。

2011.9.1