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京町家再生研究会
木下 龍一(再生研究会理事)

新景観条例実施後 一年が経って

 昨年9月1日京都市は歴史都市の優れた景観を守り、京都にふさわしい街並み景観を創出するために新景観条例を制定施行した。その基本理念に、国の景観法に基づき、景観は公共の財産であることを挙げ、都心部では京町家をはじめとする歴史的建造物に調和する職住共存の中低層の市街地空間の形成を目指すこととしている。この事は京町家再生研究会の発足時からの思いであり、京町家ネット各会の皆様の希求する京町家の保存再生に直結する大事な意義を持った条例の出現だと考え、すぐさま市行政の施策に賛同を表明してきた。ただ、いかにも我が国的で残念な事は、この条例が施行される直前半年間に、表通り沿いの町家が多数消滅し、高層マンションやオフィスに建て替わるといういわゆる駆け込み現象が発生したことだ。

 そして今大量に増殖した分譲マンション等が世の中の不景気感と相まって売れ残る不動産不況が騒がれている。新景観条例がその元凶だと指摘する声があるが、景観条例を期待する市民の願いとはかけ離れた自分よかれの声ではないだろうか。また一方では、新しい建物に対するデザイン規制に対する設計者からの反発の声もあった。景観行政の美名の下に建築意匠の創造行為を無視した押し付け規制がまかり通り、本質的な創造行為が疎外され、そこからは美しい都市景観が形成されるべくもないという意見が噴出した。自由と規制の相反であるが、景観課の担当窓口で議論が行われるのは私は好ましいと思うし、成熟した歴史都市の制度に成育するにはそうした経過が必要だと考える。

 今年6月7日京都市景観・まちづくりセンターで京町家ネット主催の「新景観条例と町家の保存再生」をテーマとしたシンポジウムが行われた。最初に基調講演として、京都市都市計画局元景観創生監の福島貞道氏から新条例を生み出す経験談を交えながら、その基本的考え方と施行後半年の行政現場のお話をして貰った。近年の京都における美しい景観の喪失と地域コミュニティーの崩壊に歯止めをかけ、「時を超え光り輝く美しい景観創生」を目指す意気込みを述べられ、今後の都市景観形成や建築デザイン規制の中味を市民や地域住民、専門家からの提案を取り入れ、豊かで統一のとれたものにしてゆく進化する基準にしてゆきたいとの事であった。

 確かに私達関心を寄せている市民にとっても、急な条例化であったため、内容を吟味し、議論に参加する機会はほとんどなかった。従って新景観条例が市内に存続する数万棟という町家の保存、再生のためにいかように作用するのか、町家の存続を保証する制度となり得るのか? 未だ確信が持てないでいる。シンポジウムの中で私自身が発言した事は、京都の好ましい景観モデルとして、町家が取り上げられたのは嬉しいが、その存在を建築基準法や都市計画法上適法化し、市民に前向きに利活用を推奨し、建物の保全を訴える最良の機会になって欲しい事、また、社会的に健全に町家を改修し、流通させてゆくためにも、少数の景観重要建造物の指定だけでは非常に物足りないものであって、点から線へ、線から面へと大いに拡大させる必要がある事であった。京都の歴史的街区が全般的に美観地区、美観形成地区、建造物修景地区等として条例対象区域になったのは良いのだが、現在の状況では、そこで景観上良好な外観の改装や建物の改善が考えられたとしても、既存建基法上不適格であるため、様々な制約を余儀なくされ、新条例への届け出を素直に出来ない町家所有者や利用希望者の不満の声を聞く。

 急務とされる耐震改修診断補助制度の内容も、歴史的様式を持ち伝統構法で建てられている町家の存在や作られ方にかなった改修方法と大きく隔たっている事は、作事組や他の町家再生グループの改修実例の見学会を通じて、京町家ネットの皆様方に理解が広がった事と思う。ニュースレターVol.060の論考に末川協氏が書いている様に、町家の木と土でできたトンネル状の極限的な構造は、突発する地震の衝撃力を時間的動的な複雑な波状運動で瞬時に吸収し、受け流すという独特な仕組みで作られている。まずは歴史的時間の中で、日本の大工術の作り上げた明快なジオメトリーを、改修現場の中に発見する事から理論を組み立てる必要があろうと述べている。世の建築構造家が大工棟梁の仕事と想像力を充分に理解して、時間をかけて定量化すべき事であろう。しかしながら我々にとって町家改修に時間は残されていない。新景観条例の定着と共に、市民が求める町家保存と、新しい時代環境にふさわしい町家再生をすばやく広範に展開してゆく必要があろう。今秋、京都市全域に向けた町家調査が予定されているが、新景観行政の実施内容が、京町家ネットの考え方と基本的な一致点を見出し、将来に向けて確実なステップを踏み出して欲しいものである。

2008.11.1