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京町家再生研究会
松井 薫(情報センター事務局長)

京町家ブームと町家に住むこと

京都市内にて(写真:松井 薫)
  京町家ブームと言われて久しいが、そのおかげで昨日まで「古家」だったものが、京町家と名前がつくだけで不動産価格がぐんと上がるといった、おかしな現象が起きている。特に町の中心部の町家についてはとんでもない高い値段がついたりしており、町家バブルとさえ言われるようになってきた。こういった町家は当然、収益を生むための建物として、店舗などに使われることになる。町家が住むための建物でなくなってしまっているということで、結果として、生活者を都市の中心部から追い出すことになる。今や生活するための町家を町の中心部で探すのは価格の面で困難になってきてしまった。

 もとより町家は、第一義的に住むためのものであり、そこに生活があった。町の魅力は突き詰めれば人が集まって住むことにあると思うが、人が集まって住む中で、町としての機能をよりよく果たすためのさまざまな約束事や工夫や知恵があり、その気候・風土の中で育まれた生活の仕方が継承され、洗練されてきた。それが科学の発達に伴って化石エネルギーの使用という手段を手に入れてから大きく変化してしまった。「ちょっと便利なもの」が次々と登場し、生活に定着していった。テレビが出てくるともうテレビなしの生活なんて考えられないし、冷蔵庫ができるともう冷蔵庫なしの生活は考えられなくなる。また「ちょっと便利なこと」も次々と考えられ、本来家の中で行われていたことが、一つ一つ町の中へ出て行った。人間が生まれることも、死ぬことも家の外で行われるようになり、料理を作って食事をすることも、子供の面倒を見る施設もある。一方家の中に取り込まれたものもある。共同の井戸だったものが、水道として各家庭に引き込まれ、共同浴場もそれぞれの家の中に風呂場ができるようになった。大雑把にいえば、家の中で手間をかけてされていたコトが外に出て行き、家の外にしかなかったモノが家の中にどんどん入ってきた。その結果、家にはモノがあふれ、家でやるコトがなくなった。

 これら全て「ちょっと便利」の積み重ねでできてきたものだが、その裏には膨大なエネルギーのムダ遣いが隠れている。元来、自分で手間をかけてやったものは、もったいなくてそう簡単には捨てられないし、捨てざるを得ない時もかすかな罪の意識を伴うが、お金で買ったものは捨てるとなっても、「必要ならまた買えばいい」ともったいないも罪の意識ももたなくて済む。その集積が、例えば食料であれば、その供給量の40%近くが残飯として、一度も使われないまま捨てられている。動物や植物の命をムダにし、生態系のバランスをゆがめながら、である。住宅にしても世界中から安く手に入る材料と石油から作られた材料で作って、20年余りで燃やせないゴミにしている。自然のサイクルを無視し、そこに住む人にも自然のサイクルを無視することを強いながら、である。お金を使うことにより、巧妙に罪の意識を消し去りながら日本はどんどん豊かになっていった。だが現代のわれわれの生活のように、衣食住が満たされほしいものがすぐに手に入る状態というのは、実は異常な状態なのだということを知らねばならない。人間が地球上に出現してから現在までのほとんどの期間、生きるために食料を探し、安心して眠るための場所をいかに確保するかという、何かが不足している状態で過してきた。従ってわれわれの心も体も実はそういう状態でバランスが取れるようになっている。

 京町家は寒くて、暗くて、不便で、といわれるが、不便だと思われている中に、人間の心と体のバランスをとる大切な要素が内在している。京町家は維持していくのに手間がかかる、といわれるが手間をかけることにより、建物と人間の関係も出来、簡単には捨てられないという思い──人間本来が持っているバランス感覚──が発現してくる。町家に対する否定的な評価も裏を返せば、自然のサイクルに逆らうことなく生活することができる──しかも都会という人が集まって住む魅力も享受しながら──という優れた特徴であることがわかる。これが京町家に住むということの本来の意味であると思っている。 
(2005.5.1)