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京町家再生研究会
宗田好史(再生研究会理事、京都府立大学助教授)

京都の町と町家、東西両本願寺門前町の調査から
 2万8千軒の町家を訪ねて市内各地を歩く人が増えている。上・中・下京に東山という行政区単位ではとても理解できない個性的な町々がモザイク状に京の街を構成している。そうかといって元学区単位で街を語るには数が多すぎる。祇園、西陣、御所西、大雑把なくくりではあるが、多くの人は、一つの界隈として街のそれぞれの部分をとらえていると思う。その界隈の一つ一つに強烈なまでの特色があるのが京都である。探れば探るほどに、知られざる街の歴史がよみがえってくる。町家を訪ね、路地を歩き回るうちに、町壊しの最中には振り返ることもできなかった小さな町や通りの歴史に眼が向くようになっている。
 2年ほど前から、京都市文化財保護課と大学コンソーシアム京都が連携して、京の暮らしのシステム探訪を目指し、市内各所の門前町の調査に取り組み始めた。メンバーは、龍谷大学・大谷大学・佛教大学・同志社大学など6大学の教員と院生で、歴史、経済、文化、商業などそれぞれにテーマを設定した。そして龍谷大学と大谷大学が揃っていることから、まず東西両本願寺の門前町域内を対象とし、すでに2年半ほどゆっくりではあるが、楽しく研究交流を続けてきた。元学区でいうと尚徳、稚松、醒泉など、これも個性の強い8つにまたがっている。
 おもしろいのは、商店・職人の分布を探る生業分布調査を江戸末期から今日までたどる研究である。佛教大学の渡辺秀一氏は、明治から大正にかけての地籍図から、特に旅館業の分布とその変遷を調べられた。門前に旅宿が並ぶ状況が、官営鉄道(JR)や京都電鉄(市電)開業によって七条停車場(京都駅)付近に旅館業が増える前後の門前町の旅館街を探り、それぞれの宿代の違いも明らかにした。また、元治元年(1864年)の大火(蛤御門の変)で消失した東本願寺再建事業に携わった門徒たちの宿の分布、そして今日までの変遷過程を示している。
 また、大谷大学の堅田理、杉本理両氏は両本願寺が所蔵する絵図を次々と発掘され寺内町を探っている。仏具・法衣・数珠屋をはじめとする寺院の荘厳に関わる店が軒をつらね、詰所などの宿泊所も看板を上げる独特の景観に注目し、江戸初期の洛中洛外図から今日まで残る店構えから通り景観復原を考えておられる。また、仏書屋については、丁子屋・菱屋の屋号で空華堂・文昌堂と称した書肆が、近世・近代を通じて京都の出版文化の一翼を担う存在になった歴史を紹介している。同時に両本願寺に残る古文書を探り、門前町の形成に本願寺が果たした役割を探ってもいる。
 さらに、同志社大の西村氏と院生は、数々の職人の聞き取り調査からライフヒストリーを描くための作業を重ねている。多様な業種の職人さんが住む町ではあったが、高齢化が進む中で失われる歴史も多い。仏具などの職人から店の成立や製造工程について聴いてまわっている。
 一方、キャンパス・プラザには、京都デジタル・アーカイブ研究センターがあり、そのデータベースから門前町の町並み古写真の数々も提供された。これは、幕末から高度経済成長がはじまるまでのほぼ100年間の間に、京都で撮影された写真(古写真)千余点を掘り起こし、整理した「京都古写真データベース」であり、ホームページ上(http://www2.kyoto-archives.gr.jp/)でも公開されている。
 しかし、研究課題は歴史ばかりではない。本願寺のご協力をえている以上、現在の繁栄にも眼を向ける必要がある。全国各地から訪れる信者さんの動向、門前町での過ごし方についても関心が向けられている。例えば、近年急速に増えたみやげ物としての漬物についても議論が沸いている。
 いうまでもなく、この両本願寺地区に限らず、町家が並んでいた都心部は職と住が共存する町であった。室町や新町の大店ばかりではなく、個性的な界隈の一つ一つに京都固有のまた界隈独特の小さな生業があり、暮らしぶりがあった。町家が残るとその個性の一つ一つが蘇ってくる。両本願寺地区には京町家作事組の事務局があるだけでなく、作事組や再生研の手による町家再生事例が増えている。町家の再生には、その店の生業の歴史への理解が欠かせない。その街の暮らしぶりへの理解が求められる。再生研の仲間だけでなく、こうして多くの研究者が地域の歴史に着目し、熱心な作業を続けていることには勇気付けられる。
 こうして歴史のいくつかの面を探ってくると両本願寺地区にますます魅了される。先の町家調査の結果を見ても、学区の違いもさることながら、通りごとに類型も建築状態が大きく異なっている。もっとも下京らしい風情が残る門前町に、もっと眼を向けてもいい。現在、京都市は界隈景観形成地区指定作業を進めている。まだ住民の皆さんの理解を得ているとはいいがたいが、少なくとも三条や伏見、千両ヶ辻、上鴨と匹敵する個性的な界隈であり、これまでの経緯を考えるともっと重視していい地区であろう。
 4月の例会では、東西両本願寺門前町調査研究グループ代表、龍谷大学の河村氏をはじめこれらの先生方をお招きし、再生研と交流する。近世・近代の様子を史料から探り、景観や生業を復原したいと考える歴史家諸氏と町家再生に取り組むメンバー各位の交流から、新たなまちづくりの機運が高まってくることを期待している。
2004.3.1