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京町家再生研究会
大谷孝彦
 
町家と都市景観−日本建築学会「京都の都市景観特別研究委員会」に参加して 
 平成10年から13年まで4年に渡って日本建築学会において「京都の都市景観特別研究委員会」が設けられ、多くの研究者、市民活動メンバーなどが参加して、京都の都市景観の問題について議論、検討が行われています。最終的には報告書とともに京都の都市景観の再生に対する具体的提言が行われる予定です。委員会の中には「景観史・景観論」「景観分析・景観デザイン」「生活と景観」「技術と景観」の四つの小委員会が設けられ、問題の切口は広く様々な分野に拡がりましたが、その中で京町家に係わるテーマが多くのパートで取り上げられました。京町家は京都の景観を論じる場合にやはりなくてはならぬ存在であり、我々京町家再生研究会のメンバーが実に21人もこの委員会に参画されています。

 今回の委員会では「景観」に対する視点に従来と比べて変化が見られます。それは景観を外観として、あるいはハードの視点のみで捉えるのではなく、内側の視点、ソフトな視点からも捉えてみようという考え方です。そのような意味もあって「生活と景観」「技術と景観」という小委員会が設けられたと思われます。京町家は外観ももちろん重要ですが、それだけでなく、まさに内側の視点、ソフトの視点に係わる具体例です。町家に係わる様々な生活からにじみ出てくる要素が京都らしい景観を創ってきたと考えられます。また、町家に係わる技術はハード面のみを優先した技術ではなく、伝統技術に係わってきた職人さんの技術です。町家におけるくらしと職人技術は一体的であり、いずれも自然との係わり、けじめある節度、繊細な美的感性に支えられたものであり、ソフトを大切にした暮らし、技術であったと言えます。

 また、伝統的な職人技術は様々な要素、多様なものを、合理性を持って一つの体系にまとめる総合性を持っていたといわれます。それは、たとえば、経済性、構造的合理性、優れた意匠性の同時的追求、技術の細分化・専門化とそれを全体として束ねる棟梁の技など、様々な場面に読み取れます。また、「おでいり」のしくみによって、住人の暮らしと職人の技術の場が一体化、総括化されていました。

 これらはかつての暮らし、職人技術においてはものごとを単一的な視点において見るのではなく、様々の価値条件に慮って、人と人、物と物、人と物の係わり、間合いを大切にする感性、バランス感覚を持っていたことを示しています。このことは町家における様々な生活慣習の中にも伺えます。そして、そのように間合を見ることのできる感性が総合性のあるものの見方を可能にし、また「けじめ」という秩序の感性をも育成しました。一方、町家住民と職人の感性の中に、都としての公家文化、茶の湯を初めとする町衆文化の影響などによって美的な感性が育まれました。そして、それらの感性が相まって京都には京格子などの意匠に象徴されるような「秩序性のある美的感性」がありました。

 京都の都市景観の再生に当たってもそのような「美的な秩序」の再生を目指すことが必要であり、景観再生の論理と手法の根拠として住民のくらしと伝統的技術職人がもっていた「総合性」「感性」「しくみ」を現代的な要素をも加味しながら再生し、それを景観再生のアイデンティティーの根拠として共有する必要があります。その結果として社会的統一性のある行動が喚起され、再生景観に美的秩序を与えることが可能となると思われるからです。

 伝統木造の構法は建築基準法によると不適格とされています。今までは、命と文化のどちらが大事か? というような議論によって、伝統構法のしくみが十分に検証される場が得られていませんでした。そして、そのような一元的とも思われるものの見方が、近現代の経済性、新奇性を優先させる価値基準につながり、今のような景観破壊を招いた原因の一つになったとも言えます。美的秩序のある景観の再生を目指すには、「かつて」に倣って安全と文化の双方に対して、総合的、包括的視野を持つことが必要です。秩序を得るためには、法制度、基準というものが必要ですが、まずその「場所」に適した法制度、基準をつくり、そして、それを適切に運用実行していくためには、その目的、手法をアイデンティティーとして共有する必要があります。

 我々の町家再生活動は歴史的建築による直接的な景観形成に参画するとともに、修復再生の実践という新たな歴史的行為を通じて、総合的視野の中でかつての「感性」と「しくみ」を広く市民のアイデンティティーとして共有することを目指しているとも言えます。このような内側の視点、ソフトの視点による議論は単に抽象的な論であるだけでなく、我々の実践的活動の論理的根拠として生きているわけです。この「京都の都市景観特別研究委員会」はこの4年間で3回のシンポジウムを開いてきましたが、来る12月15日(土)に最終の市民向けシンポジウムを開いて終了します。是非ご来場下さい。