• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家再生研究会
大谷孝彦

町家再生の施工について−大工さんによるミニシンポジウム 
 2001年6月9日(土)に元龍池小学校の講堂でシンポジウムを開催した。これは初めて(財)京都市景観・まちづくりセンターとの共催の形で行った京町家再生研究会の例会である。4人の大工棟梁さんにパネラーとなって頂いたことも初めての試みであろう。棟梁の思いを込めた意見と、また会場からの質問をも得て、「京町家とは」「昔と今の違い」「今後の再生、継承」などについてオープンな意見交換が行われた。具体的には、以下のような内容であった。

京町家は木材を始め、素材の効率的な使用、リサイクルなど合理性を究極まで考えた建物であること。
その構法は現在の建築基準法に基づいた在来構法とは基本的に異なる伝統構法であること。
伝統の技を継承していくこと。
  1. 技を体験的に学べる建築現場が必要なこと。
  2. 町家の所有者にも町家を住み継ぐ意識をもって頂きたいこと。
  3. 職人の側にも伝統の技を維持する魂が必要なこと。
  4. 行政に対しては伝統木造建築を存続させて行くことに対して大きな壁となっている法制度の改正に取り組んでほしいこと。
  5. 設計士にはデザインのことだけでなく、町家のくらしに理解のある設計に取り組んでもらいたいこと、等々。

 ただ、その中で一つ気になった具体的な意見があった。
 それは京都市住宅審議会の答申「いきいき市民居住の実現」の中にある木造建築に対する「押しかけ耐震診断」に対する懸念であった。

 耐震診断とは住宅の耐震性能の診断であり、押しかけてまでそれを行おうというのは積極的にそのような動きを進めようという意味であろうから、結構なことではある。だが気になるのは、その診断の根拠が、建築基準法の技術基準によった診断であるので、京町家のように「伝統構法」で建てられている建物は、ほとんどが耐震性「×」の診断を下される結果になることだ。
 伝統構法とは、木のめり込み、復元の性質に基づく継手・仕口を利用し、そのような接点を多く持つ軸組構法であり、地震力を柔らかく吸収する仕組みを持っている。また、柱の足元は石の上に置かれているだけであり緊結はされていないので、地震力が伝わり難く、今日で言うところの免震構造にもなっている。

 これに対して在来構法は、建物を壁、筋交、火打などや、金物類で強く固めることによって地震力に対抗する構法であり、足元も基礎に固定されている。

 このように、伝統構法と在来構法はその基本的なしくみを異にするものであり、従って伝統構法である町家の耐震補強を、単純に在来構法の基準で行うことには注意を要するのである。
 本来ならば、まず、長年に渡る職人技術の知恵と工夫の集積である伝統構法の性能を再確認することが必要であろうし、また伝統構法に適した耐震補強の手法を確立する必要がある。

 京町家は、間口が狭く奥行の深い平面構成と、軽い建具によって前後に開放的な空間をつくりだすところに特徴がある。だが、それを仕切る壁や筋交をつくることは、町家らしい暮らし振りをこわしてしまうことにもなりかねない。

 また、両側面の軸組の床レベルに水平のつなぎ材が入っていない町家の構造に筋交を入れることもナンセンスである。町家の補強としては、床の水平面を強くして地震の力をバランスよく建物全体に分散させて、地震力を吸収することなどは有効な補強の手法であろう。

 そもそもまず大切なことは、傷んでいる部分の補修を行い、建物を健全な状態に保つことである。すなわち、柱足元の腐りや蟻害を取り除いて材を新しくしたり、継手や仕口のゆるみや欠けの補修などを行う。必要に応じて部分的に金物を効果的に用いることも可能である。

 これらの処置だけで決して十分という訳ではないが、いずれにしても、伝統構法に対する知識と理解のある職人さんによって行われる必要がある。

 そして、補強・補修の工事には、またそれなりのコストがかかる。このように、ただ一方的に診断結果だけを出されても、適切な対応の仕方がわからなければ、住人は不安をつのらせるばかりとなり、結果的に町家を手放したり、壊したりすることとなりかねない。「耐震診断士」は町家の構造あるいは補強・補修のことを十分に理解した上で、「診断」というよりも、その住民に対して、わかりやすく親切な診察と適切なアドバイスを行うべきである。答申の中にある「押しかけ診断」はそのような配慮の下に慎重に実行されるべきであり、押しかけに逸れると目的を見誤る恐れがある。