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京町家再生研究会
大谷孝彦

町家再生におけるいくつかの課題−葭屋町の取り組みを紹介
 京都府建築工業協同組合による葭屋町のモデル町家改修の話が何度か新聞で報道されました。見学に行かれた方もいらっしゃると思います。この町家はこの協同組合によって設立された京都建築専門学校が購入、所有する二軒長屋の町家であり、その南側一軒は学校が使用、北側一軒を協同組合が借りて使用するというものです。建物は大正元年の建造です。ここで行われた修復改修において、町家再生を行うときに必要ないくつかの課題に対する具体的な取り組みが行われているように思われますので、今回はこのモデル町家改修として取り組まれた内容をまとめておきたいと思います。

床板に用いられた杉
 その第一は町家活用の方法です。学校部分は建築専門学校の教室としての活用です。竣工後は木造町家建築の生の空間において、その雰囲気と手触りの木の感覚の下に伝統木造建物の実体験的な勉強をしようということです。工事途中においては学生達が実際に木造建築をつくることに係わる体験勉強が行われました。また組合部分は再生町家の実例として工務店・各種職人さんなどの専門家と町家の住み手の双方に対して、町家再生事例の見学の場となり、再生に関する色々な資料が展示される予定です。このように両部分とも多くの人たちに開放される形で、歴史的な建物が有効に再活用される場になるわけです。町家再生の実現に対しては、誰がどのように活用するかということをまとめることがまず最初の課題です。町家をうまく活用するために、貸したい、借りたいという双方の情報をうまく結びつけるのがなかなか大変なことなのです。

 第二は活用に即した改修の内容です。一般に改修の内容としては住居としての改修と店舗、ギャラリーその他の事業の活用に対する改修が考えられます。今回は協同組合の部分は改修住居のモデルとして計画されました。そして改修住居としてどのような形のものが良いかということについて施工者側である協同組合メンバーと近くの町家居住者の代表の方のそれぞれの意見を聞きながら、改修案が検討されました。施工者側の皆さんからは原状に近い形の改修案からかなり現代的な生活スタイルを対象とした大幅な変更案まで、様々な改修パターンが提案されました。家族構成、ライフサイクルの考え方、生活スタイル、原型建物に対する考え方の差異等によって様々な改修の考え方があることが分かりました。また居住者代表の皆さんからも伝統的な町家の良さとまた改良を加えるべき部分の指摘がありました。結局、実施される案はできるだけ自然な形で、即ち、基本的な木造の軸組構成を生かす、通りニワの風通しを確保するなど町家の空間構成、特徴を生かす形の改修とすることになりました。事業活用型の改修の場合にも元の町家をどのように生かしながら、どのような改修を行うかということは大切な検討課題です。

縦横無尽に張り巡らされた水平ブレース
 第三には伝統木造建築の耐震・防火などの安全性についての問題です。ここでは耐震性能の向上について、構造の専門家を交えて検討会が開かれ、柱の足元を固める補強、格子による耐震壁、二階の床板・小屋裏の水平ブレースによって水平面を固めること、小屋組への一部トラス導入などいくつかの耐震的補強がかなり徹底した形で実施されています。しかし、一般の標準的町家改修においてどのような形での補強をするのが適切かということを、もう少し分かり易くしておく必要がありそうです。

 第四には改修の施工方法です。ここでは、担当の棟梁・職人の皆さんによって基本的に伝統的な工法に基づいての施工が行われました。例えば、柱・梁の接合には昔ながらの仕口が採用されています。伝統的な工法には木の性質とうまく適合した合理性があります。そのような知恵と技術を伝えていく必要があります。一方で要所に金物類も使用されています。伝統工法と新しい工法を建物に無理を与えないように、不自然でないように組合せて改修施工することが大切です。
 第五は施工費用にかかわる課題です。施工の費用を適切な価格にまとめるように努めること、また価格について施主である住まい手との間で適確に伝え、相談していくことも必要です。改修工事においてはいわゆる模様替えとしての、あるいは耐震補強などの改修の部分と建物の傷み部分の基本的補修があります。例えばレベルの下がっている柱をジャッキアップすることによって建物全体の水平を直し、傷んでいた柱の足元は根継ぎが行われます。改修と補修のそれぞれの費用の合計が工事費となるわけですが、この補修部分についての見積が建物の傷み具合によって異なること、また工事に入らないと建物の状況が分かりにくいことによって、工事中に工事費の追加が出てしまい、施主との間でトラブルとなることがあります。基本的には施主である住まい手と施工者のお互いの信頼関係が保たれてこそ良い改修工事が行われ、また施主・施工者の連携によって建物の維持管理のシステムが保たれるわけですが、見積のしかたをできるだけ合理的に施主に分かり易くする努力が必要です。

 第六にモデル事業として行われたこの改修工事についていくつかのネットワーク的取り組みが行われました。それはまず、
    建築協同組合という組織と建築専門学校の連携事業であること
    協同組合参画の工務店、職人さんそして町家住人が多数参加しての意見交換会が行われたこと
    この事業の企画に行政の外郭団体である(財)京都市景観・まちづくりセンターが参画したこと
    市民活動グループとして京町家再生研究会がかかわったこと
    そして、改修工事現場が広く市民に対して公開されたこと 等々
木格子下地の実験模様
 これらは修復再生の活性化のためのしくみづくり、ネットワークづくりを目指したという意味でもモデル的事業であったと言えます。このようなしくみ・ネットワークを通じて今後職人の木造建築技術、住人の町家に対する生活意識そして昔は町家を維持・保有するための基本的な仕組みであった住人と職人の連携システムの再構築がスムーズに展開されていくことが期待されます。

 町家再生の実践及びその普及については、のり越えていかなければならないいくつかの基本的課題があり、今回の葭屋町のモデル町家改修事業はこのような課題に対する実践的取り組みであったということを確認しておく必要があると思われます。我々の研究会もこの事業についてささやかながら一部のお手伝いをさせて頂きました。そして、ここにあげた町家再生の課題は我々研究会の今後の研究課題ともなっています。京都建築専門学校は今年創立50周年をむかえられました。京都府建築工業組合及び建築専門学校の更なる御発展をお祈り致します。