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全体報告はこちら>> 京都の町家に暮らす小説家のいしいしんじさんと京町家情報センター事務局の松井薫さんの対談は、初夏の風が吹き抜ける長江家の座敷で始まりました。そして、この日のもうひとりのゲストともいうべき存在が、いしいさんが今夢中になっている蓄音機の「コロちゃん」。前半は持参したコロちゃん大活躍のスペシャルコンサートとなりました。
小林亜里(友の会通信担当)
楽町楽家'10 報告◎「いしいしんじ VS 松井 薫」 町家対談 その1
いしい まずは蓄音機をオープン。蓄音機は全然電気を使っていない木の箱なので、バイオリンやチェロみたいに全体が楽器に近いんです。ゼンマイを手で巻いてパワーをためます。 最初は皆さんのよく知ってはる曲がいいと思うんで、エルビス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」から。 いきなり、長江家の座敷で高らかに歌い出すプレスリー 松井 すごいリアリティがありますね! い なんか小人のプレスリーがそこにいて、ギターかきならしながら歌ってるみたいな感じがしますよね。ふつうの電気オーディオに比べて、空気感が生々しいですね。 い 次はジャズ好きの松井さんのためにマイルス・デイビス。 松 泣くかもしれへんな…。 今度はけだるいトランペットの音が空気をふるわせ始める い ラッパっていうのは空気を直に入れて鳴らすわけで、録音するときは、マイクの前に近寄ってラッパをマイクにあてるようにして吹くんです。それをそのまま拾っているので、これだけ生々しいんですね。 松 まるでツバが飛んできそうやね。 い 今日はすばらしい京町家が会場ですが、僕も今京都の町家に住んでいます。そしてこの京町家には、実に蓄音機の音がよく合うんですね。 い 今度は長唄の「藤娘」です。この近所のレコード屋さんでもらったレコードですが、僕の持っている中でも特に音がきれいで感激しました。日本の家には日本の音が合うんです。 拍子木、鉦の音、笛に太鼓、三味線に導かれる長唄の声音 松 太鼓や鉦の音がとても響いていますね。 い 叩く音っていうのは空気をふるわせるので、レコードに刻み込まれやすいんですね。 続いてクラシックのチェロ曲、カザルスの「白鳥」が流れる
い 小さい音も気持がいいですね。皆さんが前のめりになって真剣に聞いている上に、音楽がシャワーみたいにふりかかっている感じです。 今日聞かせていただいているレコードはSP盤と呼ばれる蓄音機用のレコードで、10インチサイズ、片面約3分。プラスチック盤ができる前の製品で、カイガラムシの唾液で固められているそうだ。レコードは盤に蛇行する溝が彫られることで音の振動が刻まれ録音される。その溝の振動を針が読み取り、蓄音機の中の管を通して再生されるというのが蓄音機の鳴る仕組みである。ちなみにいしいさんは、レコードを痛めないよう1曲ごとに針を取り替えている(1本約7円) 〈空間を変えながら〉 松 町家は高さや奥行きがいろいろあるので、それによって音の共鳴が異なると思うんです。だから今日はいろいろと違う場所で聞いてみることにしましょう。皆さん、ここで聞いた音をよく覚えておいてくださいね。 一行は井戸と高い吹き抜けのある台所へと移動する。おくどさんの前で再び歌いだすプレスリー。そしてジュリー・ロンドンの「クライ・ミー・ア・リバー」がすがりつくような声でリフレインする… 松 響くけれどまろやかですね。 い よく炊けたご飯みたいなまろやかさがありますね。 松 今度は庭を通して聞いたらどうなるやろか。中庭越しに対岸のはなれ部屋と縁側から聞いてみましょうか。 町家の中庭って空気が上に立ち上がっていくようになっているんです。音も中庭から上に行く感じになるかもしれませんね。一定の周波数の音がのびることもあるかもしれへんし。 長江家の灯籠や庭石をはさんで緑の木々の中をオペラ「椿姫」のオーケストラがゆったり流れてゆく い いいですねえ。なんか野外コンサートみたいですね。びっくりしたなあ。 つぎはムーングローズという黒人5人組のコーラス い 明らかに今日、この蓄音機は張り切っていますね。ここまで高らかに歌うとは。 中庭の野外コンサートは、フィッシャー・ディースカウの歌うシューベルトの歌曲で中締めとなる い 蓄音機はもう作れないそうです。似たようなものは作れるかもしれないけれど、当時の木とか反響するものとかは、同じものがない以上作れないのだそうです。 松 もうこれから作れへんという話は町家と同じですね。材料がないし、技術がない。 い そう考えると、町家も蓄音機も時間が一緒に手を加えて作っているということがいえるでしょうね。 〈後半は次回へ続く〉 (写真/中村侑介(まちづくり集団CHOBO))
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