• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家作事組
町家再生再訪・その16

路地町家 有 その2

(設計:アトリエRYO 施工:アラキ工務店)

 新町通錦上るから西へ延びる深い路地の最奥に「路地町家 有」があります。そこで塾や茶道教室の場所を提供していらっしゃる山田有子さんを訪ね、町家への思いや、町家で行っていることなどをお聴きしました。前号とあわせてお読みください。


○「路地町家 有」の運営

 最初<町家を味わってもらいたい>と一棟丸貸しの体験宿泊(一日家主さん)を始めましたが、路地奥という立地からご近所への影響も色々あって細かな配慮が必要でした。深い路地でしかも全て持ち家とあってそれぞれお家の意向も違います。にわか家主さんに路地の特性を理解してもらうのも難しく…。そこで一棟貸しは控え、需要のある会場としての貸出しにシフトして行きました。
 2011年5月からは「楽学」という講座を企画し開講。楽学は「学びてこれに習う 亦よろこばしからずや、朋あり遠方より来る 亦たのしからずや」からの引用で「学ぶことを楽しむ」を表そうと作った造語です。「古き佳きもの」に造詣の深い講師をお招きして、古文書を読もう、洗いと修験道、姉川合戦のお話、名水飲み比べや名水めぐり、山紫水明処見学、等々。
 2012年1月からは「楽学」に興味をもった友人に持ちかけられ、別枠で≪B.M.S塾≫(B蚕・M桑・S絹)を開始。京都工芸繊維大学で資源昆虫学を教えてらっしゃる一田昌利先生を講師にお迎えして、養蚕をテーマに月1回開講。これまでに72回を数えています。昨年10月は「富岡製糸場と上野三碑」を見学する研修旅行に出かけました。養蚕は、古事記や日本書紀に記載があるほど古く、1900年頃からは日本が世界一の生糸輸出国となり、需要が低迷するまで日本経済の主力でした。生産効率を上げるために、蚕の病理研究には多くの人々の厖大な研究が捧げられて来たことも学びました。また講座では一般には知られていない裏話も登場します。例えば、先生方と共同研究をしていたタケダの研究員が、蚕が溶ける病気を見て蛋白質の溶解に気付き、去痰剤を開発し大きな利益を上げたとか。蚕のサナギをはじめ昆虫は栄養価が非常に高く、未来の食を支えると言われている。艶々したチョコボールの表面には、 コチニールという昆虫由来の成分が使われている。等々。
 一昨年は裏千家の茶道教室に使いたいという方がいらして、大下工務店にお願いし炉を切ってもらいました。とても丁寧に仕上げていただき、炉のお炭点前のお稽古にも熱が入ります。

○路地奥でも祇園祭

 今年の夏も鉾町にある路地町家は大勢のお客さまをお迎えしました。狭い町家に3日間で50人超え。こんな時は手が回らないので仕出し屋さんにお願いします。宵山の深夜には、みんなで床几を路地入口まで運び、その上に登ると臨場感溢れる「暴れ観音」最高の見所に!「暴れ観音」もずいぶん古い行事ですけれど、文献を焼失していて諸説あるも真相は不明なんですよ。
 ある建築家が来られた時、部屋内を眺めこんなことを言ってくださいました。「リサイクル材と思われる歪んだ北山杉も大胆自由に使いこなし、こんな古材で華奢な数寄好みの京町家を建てたぞ!といわんばかり、腕自慢の大工さんが楽しみながら仕事をした様子が窺える。」と。伏見からの建具のおかげもありますが、ただの社交辞令であっても嬉しく思いました。桃山時代から路地ができ、大火にあってもまた大型町家の隙間には小さな町家が建てられて来ました。そんな小さな町家も残しておきたいと思っています。
 愚かな戦争で、慣れ親しんだ大きな町家とそこでの生活を無くした立場から見ると、現代の大型町家の相続税問題や様々な規制も、住む人の思いが反映されない同列の愚かしいものと映ります。繰り返してはなりませんね。

<執筆:山田有子(路地町家 有)>

***

(取材後記)
 4年程前に掘り出し物市でご一緒にお店番をさせていただいたときに、蚕の繭をいただいたのを珍しいと思ってお守りのようにジュエリー袋に入れて持っていました。それが話の糸口となり、虫と人間の関わりにも話が及びました。ほぼ毎日前栽のお手入れをしているうちに、怖がりな私も虫に対する抵抗感が小さくなり、虫の様子が人間社会の出来事への反応を示しているようで興味がわくことがあります。夏にトンボの掛け軸をかけたところ、庭にトンボが舞い降りてきて、水色の体とレースのような薄羽に見入っていたら、翌日には下半が土に還っていました。生命の循環と再生を予感させる出来事でした。翻って、町家の足元の腐朽は家の沈下や倒れの元となります。もともと町家は自然に近い建物なので、傷んだ部分は自然に還し、古い設備は更新して、心も体も丈夫と繊細を兼ね備えた本来の形でありたいものです。

<取材/聞き手:森珠恵(京町家作事組事務局)>