| 『創意と工夫』タテ、ヨコ、ナナメ読み・第4回 町家がわかるよりわかりあいのプロセスが大事 梶山秀一郎(作事組理事長)
先ずは他人ごとではだめだということである。町家再生活動の目的は町家を取り戻すことにある。そのためには町家に関わる住み手、作り手、地域、市民、そして行政が、町家の担い手として甦らなければどうにもならない。いくら町家がわかったとしても、とばっちりを受けない立場、ちょっと言葉は悪いが好事家とかファンがいくら増えても、目的達成の成否とは関係がないし、場合によっては目的達成のための道取りを誤らせる。すなわち自分ごととして町家と向き合わなければいけない。第2章第1節の「基本型としての改修作法と手順」はマニュアルとしてではなく、町家の改修を契機として、関わる者が対話や協働を通して、わかりあいのプロセスを重ねるための、ひとつのモデルを示したものである。わかりあいとはそれぞれが想像力を活かして、主体的に町家と関わり、町家との関係を模索することである。従ってそれが果たされればどんな手順をとってもかまわない。 次に目的を見失わないことである。目的の町家を取り戻すとは、暮らし、暮らし合い、町並み、そして建築生産に町家が生き返り、生き続けていくということである。しかし町家が全うに生きていない今、第2節の実例で示すように、町家を生かそうとすると、法律、制度、経済、慣習、すなわち町家を取り巻く万般が、困難な壁として立ちはだかる。そのひとつひとつの問題解決に翻弄されるなかで、目的を見失いがちである。それを避ける手立ては問題の解決を手段とし、目的と分別するのではなく、手段すなわち目的と捉えることである。努力して解決できることも、短い事業期間ではとうてい解決できないこともあるが、解決をしようと格闘する過程が、町家を取り戻す階梯であり、この本ではそれを創意・工夫と呼んでいる。 最後に実用から離れないことである。町家は機能、祈り、ミエ、金儲け、もてなしと拒否など全てに亘って、実用として生きてきた。その経過のなかで、織り屋建てなどの一部の形式を除き、ごく単純な間取り形式の中に、ありとあらゆる職と住の「用」を容れられる普遍性を獲得した。いま求められるメニューは、もとの内容や質とは異なったものとなるであろうが、その現代的「用」で町家を改変してしまうのではなく、町家の普遍性に沿ったやり方で実用を計ることが大切である。実用を離れて町家を文化財として祭り上げたり、流行や形だけで流用することは、瀕死の町家にとどめを刺すことになる。 第2節で取り上げた事例は、そこで生まれ育ち、巣立ったご子息が、町家の良いところも悪いところも解ったうえで、家に戻って町家の助けを借りて商いを始めるという、恵まれたケースかもしれない。しかし当の町家が歩んだこの40数年は決して幸運な月日ではなかった。過去の改修は戦前のものはともかく'65年以降に繰り返し行われたものは、いえば町家を隠すための改修であった。それでも隠しきれない、ないしは意に沿ったできばえにならないものであった。ご子息の発案が少し遅ければ、なくなっていたかもしれない。 ご子息は父を説得し、空気のような存在の生家を対象化し、学習会に参加して町家を学び、作事組を動かし、できないかも知れないという困難な場面を何度も乗りこえられた。現場に張りついて職人と対話し、作り手のがんばりと遊び心を引きだし、近所の協力と理解を得て、行政の協力も得ることによって、当初の希望や費用を上まわる目標を達成すると共に、京町家ネットの協力、マスメディアの力も預かり、そして何より、事務所を他所に移した父親をはじめとした家族の協力と、夫婦の協働によって、商いを軌道にのせた。 (2006.3.1)
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