| 『創意と工夫』タテ、ヨコ、ナナメ読み・第2回 法律、制度、規準で町家が守れるか 梶山秀一郎(作事組理事長)
法律、制度、規準では町家を守れない。具体としては建築史家の故村松貞次郎氏が、東京銀行の保存に奔走したあげくに、残すことができなかった原因を「建築基準法」や「消防法」が残すことには全く無縁なもの、むしろ残すことを否定する法律である(『日本近代建築の歴史』日本放送協会、'77年、'05年岩波現代文庫で復刊)とした。しかしそれはここで言わんとすることではない。そもそも法律等は最低規準を定めるものであり、“これ以上のものを作りなさい”であって、町家のように永年の試行錯誤により型として完成され、修練による確かな技でさらなる工夫を加え守っていく、すなわち“より良いものを作り守る”ための取り決めではない。それではより良いものを作る拠りどころは何かといえば、倫理や職人気質である。しかし法律はそれを前提にしないでも“このようなもの”を指し示すべく微に入り細に亘り文言化し続けた規準を、倫理や職人気質及び熟練の技に置き換えた。すなわち法律等は伝統的なやり方を否定するために作られたわけであり、それで町家を守ろうとするのは転倒である。
『町家再生の創意と工夫』第1章の「1 基本姿勢」に挙げた「誠実・率直・学習」、「後先を考える」、「ものを大切にする」などは、40年前に設置されたゴミ箱をあさって見つけた反故紙に書かれてあった言葉である−もっとも「もったいない」はこのところ店でも売っているが−。町家を作り、守ってきたのはこれらの姿勢や観念あるいは認識である。したがって町家を守っていく者はこれらの言葉を肝に銘じ、悔い改め心を入れ替えなければいけない。そして法律、制度、規準はこの姿勢で臨むもの作りを規定のらち外にしなければいけない。
「2 基本方針」は「物まね」すなわち町家のありように沿って改修するための要点である。その中の「5)住み手、地域、市民との協働を大切にする」は作り手の守備範囲を超えているように見えるが、町単位で景観や安全を守ってきたありようをふまえ、作り手と住み手だけでは守っていけない町家やまちを守っていく、担い手を再生するための方針である。 箱に穴を開けたような家が建て続けられる。もっぱら地震と火事に備えた結果であるが、石油が途絶えたらまず住めないだろうから、その時はどこへ避難するのかなと思う。揺れる家は地震に弱いから筋違を入れて固くする、固くするから浮き上がる、浮き上がるから基礎と柱を緊結する、並行して風が通らないから締め切って機械設備に頼る、締め切るからシックハウスが起こり、それを防ぐために換気設備に頼る、機械設備は化石エネルギーを消費する、その結果、固められて設備づくしの家は点検、手入れも修理もできない。今も続くこの悪循環は町家を否定したときから始まった。町家のありようを感得し、どのように直すかを考えるときには、今のありようと両にらみで行って欲しい。 (2005.11.1)
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