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『創意と工夫』タテ、ヨコ、ナナメ読み・第1回

ちゃんと立った町家から見る
梶山秀一郎(作事組理事長)


『町家再生の創意と工夫』表紙と裏表紙
 さっぱり評価が聞こえてこない。前書『技と知恵』は直接あるいは人づてに“よくここまで書いてくれた”とか“『風土』に匹敵する”などと、面はゆいまでの評価が出版と同時に返ってきた。柳ドジョウと見られたかあるいは編集意図が見えにくいのか。しかしこの本は2匹目のドジョウでも前書の焼き直しでもない、というより全く違うもので、観点が180度転換している。『技と知恵』はよけいな既成概念や法律、規準を度外視して、町家のありように沿って町家を読み解く、すなわち町家を見ていた。それに対して本書は現代の住まいを基準にすれば「暑い、寒い、暗い、狭い、プライバシーがない、地震で揺れるし、火事で燃える」町家を立て起こして町家から周りを見ている、つまり町家をではなく町家から見ている。富士山から周りを眺めても富士山は見えない、町家から見ても町家は見えない。ときに反映して雲海に富士山が浮かびあがるように、ときどき町家が浮かびあがる。“町家が見たかったのに”ということだろうか。
  形だけを直しても町家は残らないし守っていけないと思う、逆に言えば、町家よりも中身の暮らしや町家を取り巻く暮らしあいのしくみが息づいていれば、仮に町家が全滅しても町家ないしは町家に代わるものが再生される、元治元年の鉄砲焼けで燃え尽きた中心部が、再び町家で埋め尽くされたように。町家に町家のありようとは違うものを求めて町家を満身創痍にしてしまったのではないか、現に形としての町家を商業価値だけで流用することによって、町家を食いつぶしているのではないか。
  『技と知恵』で確信された、すっくと立った町家から見て、こけているものやひっくり返ったものをちゃんと立て起こそうという意図のもとに『町家再生の創意と工夫』はまとめられた。ひとたび視点を変えると、見るもの全てが今までとは違った姿を現す、なにもかもが見直しの対象になる。町家を直して守る現場に立ち会う者の立場も、である。東に“今が良ければ後は野となれ山となれ”という人がいれば、行って「無事が何より」でなければ今の安心すらないのではないかといい、西に脇見もせず、やみくもに崖ぷちに突き進む人がいれば、行って「後先を考えよう」という、というような安全地帯の指定席は誰にも用意されていない。
  こう書くとなにやら息苦しく不安が渦巻く淵に向かって、背中を押されているように感じるかもしれないが、実はそうではない。第3章の実例に見るように、町家の改修を機縁に、それぞれの担い手が町家を観て取り、町家のありようと今のありようとの歪みのなかで悪戦苦闘、すなわち創意・工夫をこらし、町家への想いから生まれる発想が複雑かつ困難な状況を整理するとともに、協働者の共感を生み現場を運動の場に変える。その渦がときには地域や市民も巻き込んで展開する。そして町家を直して守っていく第一段階である改修が終わった時点で、現場に立ち会った住み手、作り手、地域、市民が町家の担い手として甦る。第二段階ではその担い手が暮らし、地域、まちを変えていく。そのすじがきを描いたのが本書であり、町家の改修を通して世の中を変えるというもくろみから、本書は「革命の書」──頭に「楽しい」がつく──といえる。
  町家の担い手である広範な方々に、「町家が見えない町家の本」である本書を、臨場感を持って当事者として読んでいただくために、今後5回ぐらいをめどに「タテ、ヨコ、ナナメ読み」と題して、手引きをさせていただきます。
  先ずは提唱者であるわれわれ作り手が、悔い改め、心を入れ替えることから始めねばなるまい。
(2005.9.1)

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