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改修手順の作法・第7回

改修作法〔その3〕
梶山秀一郎(作事組理事長)

5)機器類の設置はメンテも考えて最小限に
──ただし必要になったときには対応できるように
 町家には暖房器具としての火鉢や炬燵を除くと設備機器と呼べるようなものはなかった。明治以降、さまざまな設備が入れ替わり立ち替わり入り込んできた。明治期に建てられた町家で、特に大店の町家のトオリニワにはガス灯配管に始まり、碍子2線引き配線、ガス管、ビニール電線、給水管が縦横に走り、土間には給水管、雑排水管、汚水管が埋め込まれている。またそれらの管材の変化もめまぐるしく、給水管ひとつとっても鉛管に始まり、白ガス管、VLP管、VP管、HIVP管と変遷し、それらが撤去されず同居しているような場合、どれが生きていてどれが死んでいるのかわからないことも多い。機器も同様で、暖房器具を例にとると舶来のラジエータや電気パネルヒーター、バランス型各種ファンヒーター、各種ファンヒーター、各種ストーブ、電気ヒーター、床暖房となり、蔵を覗くと使わなくなったそれらの器具が山積みで保管されていたりする。

電線の入れ替えに備えたフローリング張りの点検口
設備は機器も線種もめまぐるしく変わる。機器や線の寿命が町家の寿命にならないようにすることが大切である。
 科学者や技術者はこれらの状況を科学・技術の漸進性と経済性で説明しようとするが、納得しがたいものがある。納得のことは別にして、町家に設備を導入しようとするときに上記の設備の変遷を踏まえることが大切である。設備は変わる、そして機器類の寿命は20年前後──この頃の機器はガス湯沸かし器のように操作系統にマイコンを組み込んでいて、機械の寿命ではなく電気製品の寿命、すなわち10年と持たないことを覚悟する必要がある──であるということだ。20年ごとに石畳の土間を掘り返したり、土壁を壊したりしなくて良いようにすることである。
 さらに大切な姿勢は本当にそれらの設備が必要なのか、あるいは適切なのかと問うことである。空調を例にとると町家は気密性が低い、いや通気をすることで建物としてもたせてきた。障子やガラス戸はいうに及ばず、天井からも壁の隙間からも、果ては畳の隙間からも空気は抜ける。気密性を前提に室全体を冷やしたり、暖めたりすることはもとより困難、あるいは不経済である。相応しい冷やし方は風を通して発汗による冷却効果を促進させること、あるいは打ち水で気化冷却を計ることである。暖め方は体熱の発散を防ぐことと輻射熱によること、すなわち着込むことと火鉢や炬燵、そして床暖房──床に埋め込むと床を20年ごとにめくることになるので置き式の暖房カーペットがよい──である。いかな京都でも耐えられない(と思う)暑さ寒さは2週間である。打ち水を見て招じ入れられた座敷には籐むしろが敷かれ、鴨居に御簾が、軒下には簾が吊られていて、応接する奥さんはさりげなくこちらに団扇をむけて蚊は追い涼を送り、手元には冷茶と水無月という格好の方が涼しげだと思うのだが……。


6)将来元に戻せるようにしておく
 設備の変転と相まって変わってきたのは理想の住まいの形である。大正時代以降の座敷から椅子式への西洋化、戦後の科学的とされる食寝分離、技術力で自然を克服して実現する快適環境、個として確立された市民を育てるとされた子供室などである。それらの社会現象が町家に影響を与えた形跡はほとんどなく、ガラス戸の進入、仕上げの洋風化、ハシリの床組などの部分にとどまる。それは狭小間口で一列に室が並ぶ間取りではいかんともしがたいということは容易に想像がつく。しかし町家が時々の社会標準に対して逡巡している間に、社会標準の方が曖昧になってきた。今、近代が求めてきた住まいの形が全否定されないまでも反省を迫られている。日本の住まいから畳は消えなかったし、茶の間が見直され、受動的な自然力の活用が求められ、リビングアクセスなどの個室化を見直す動きなどである。いえば一巡して町家(田の字の民家も含めた伝統の住まい)に戻りつつある。
 今後どのような住まいが理想の形とされるかは解らないが、近代のあゆみを省みて改修をすることが肝要である。間仕切りは撤去できるように、床・壁・天井は剥がせるように、設備は取り外せるようにである。むろんもとのままにしておくことが大前提である。


床組をした過去の改修を元の土間に戻す
近・現代の時々の要求は町家が育った年月に比べると刹那的である。時の要求に沿うにしても、元に戻せるようにしておくのが賢明である。

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