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改修手順の作法・第1回

暮らしの思想と実用
梶山秀一郎(作事組理事長)

§1.はじめに
 作事組へ来られる方の相談内容が微妙に変わってきた。はじめの頃は“直せますか”、“耐震上大丈夫ですか”、“いくらぐらいかかりますか”、“町家で快適な生活ができますか”といった漠然的なものから“元の状態に戻したい”、“活用法を提案してほしい”、“歪みや沈みを直したい”、“町家をかくかくの目的に利用したい”といった具体的かつ目的を持った要求への変化である。それは町家を正当に評価したうえで直して利用するということが一定程度普及したことを示している。しかし一方では最近急増した店舗利用にしばしば見られるように、町家をスタイルや経済的付加価値を持った箱としてとらえ、町家の形を消費の対象とすることも相変わらず横行している。
 町家の再生の仕方に甲乙をつけるのは以下の理由による。町家は実用である。町なかにおけるなりわいや生活との対応、作り方における合理(節約)性の達成、雨風から建物を守る保全性の確保、作り方と呼応した建物の守り方の確立、廃棄やリサイクルシステムの整備等々のいずれにも実用を基本とする考え方が貫かれている。さらに重要であるのは生活や商いを成り立たしめる暮らしの思想が町家の形を支えていることである。思想と言っても決して生硬く現実から遊離したものではなく、「もったいない」、「無事がなにより」、「自然の摂理に従う」、「ご先祖様、世間様」といった暮らしに密着したものである。
 ところが戦後、分けても'60年代以降われわれは町家の実用とは別の実用を目指し、町家のそれを過去のものとして葬り去った。暮らしの思想に至っては棚上げにしたうえに暮らしの思想をもつこと自体を放棄してしまった。それから40年近く経った今、われわれは暮らしと住まいを取りまく環境、家族、コミュニティーなどの様々な問題を抱えていて、その原因がこの間のやり方にあると気づいている。また、なおもこれまでのやり方の延長上で問題を解決しようとしている科学や技術に不信感すら抱いている。われわれは町家に見られる暮らしの思想や実用が適切に継承され、時代状況の変化に適応させていればこのような事態には至らなかったと考えている。そして町家が今なお存在価値を持ちうるとしたら形を通してわれわれに暮らしの思想と実用を示し続けていることであるとも考えている。従って町家の形だけの継承は資産の食いつぶし以外の何ものでもないとするのである。
 町家を適切に継承するためには町家を分析対象として捉え、概念化を図るという方法ではだめで、暮らしや技の町家におけるありようとわれわれのそれを相対化して、取捨選択することが重要となる。取捨選択のマニュアルがあるわけでもあらかじめ答えが用意されているわけでもない。すなわち町家と格闘するプロセスが大切なのである。町家の改修を体験することはそのための絶好の機会となる。
 これから数回にわたって、今まで作事組が町家の改修を手掛けるなかで確立しつつある改修の手順や作法を改修プロセスに従って示すことで議論の具とする。

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