• 京町家net ホーム
  • サイトマップ
  • アクセス・お問い合わせ
京町家作事組

天狼院書店--東山区


設計:株式会社クカニア/末川協建築設計事務所/施工:アラキ工務店


 ちょうど一年前の今頃、事務局に若い女性から連絡があったという。依頼者は「天狼院書店」。東京・福岡に次ぐ三店舗目を京都に計画中、すでに物件も決めて賃貸契約を済ませておられ、夏頃オープンしたいというお話だった。
 当時、私たち作事組でご相談を受けた印象では、町家の基幹改修を主とする作事組の方針と店子である依頼者の要望が合致するのかどうか、所有者である大家さんがその工事に対してどこまで費用や責任を持ってくれるのか、テナントの内装工事に作事組が見合うのか、ご要望に添えそうにない工期をどこまで許容してもらえるのか…など憂慮する点が多く、依頼者がいる東京とここ京都との距離感と同様の隔たりがあったように感じる。
 おそらくその数日後、初めてお会いした店主は、一目見て事務局である釜座町家を気に入ったとのこと。京都は創業当時からの肝入り店舗で、開店時期を延ばしても本物にこだわりたいとお話しされるその姿勢と伝わってくる前向きな人柄は頼もしかったが、一般的には大家さんが行うことの多い主要構造に関わる工事も全て自ら負担するというその判断に、ご説明が足りないのだろうか…と不安も消えないままだった。

 計画する店舗は一風変わった書店で、本屋にカフェを併設し、和室は「こたつのある本屋」として残したいとのこと。2階はセミナーイベントなども行う多目的な場としても利用し、イベントで撮った写真を飾るギャラリーを設けたり、映像設備を導入して国内に点在する3店舗を同時中継して交流を図るなど、「本の先にある体験までを提供する次世代型書店」がコンセプトだった。
 設計者としては、利用方法を限定しない流動的な運営スタイルの全容が掴みづらく、空間のボリュームや設備のスペックを決定するのに苦労したが、基本部分から手を入れる、町家の原型復元を目指す、書店とイベントなど多目的な要素を許容できる空間とする、など計画の方針も徐々に共有でき、私たちの思いもご理解いただいていると感じるようになっていった。
 躯体改修に関する工事区分については大家さんともお話しいただいたが、「工事内容は容認するが費用は店子持ちで」とのことだった。調査に入って既存建物を確認した上で、傷んでいる構造部分は改修する、まだ使えそうなカラーベスト葺の大屋根については既存のまま使用することにした。工期、予算ともに前例の店舗からは想定外だったはずだが、「本年度は京都店に懸ける!」と、全てを肯定的に受け入れてくださる店主の懐の深さや、楽しんで仕事に向かう姿勢にとても刺激を受けた現場だった。

 改修する町家は一列3室型で間口3間奥行6間、総二階のカシキ造り。比較的しっかりした造りで、大きな狂いもなく健全だったが、竪樋からの漏水が原因か、ハシリニワ奥の南東角隅柱が大きく下がっていたため、火袋の通りで妻壁に向けて沈みが見られた。工事ではその妻壁の通りをメインに、部分的に表の柱などもジャッキアップした。土壁もしっかりしており、揚げ前による亀裂もほぼ見られなかった。
 表のミセノマは、道路際まで拡張したシャッター付のガレージに改修されており、ガレージ内部やナカノマの天井もボードが張られていたが、人見梁と見られる梁型は確認できたので、内装を撤去し本来の外壁面に戻して外観を復旧することにした。解体後、残っているかと思われた表庇の先端が撤去されていた事が判明し、追加工事となったが表庇を新調し、金属葺の予定だった仕上も店主と再検討して瓦葺に変更した。
 離れにあった既存の風呂などは撤去し、ハシリニワには軽食提供のための必要最低限の厨房設備を新設。厨房やトイレなど水回りの位置は変更していないため、調査の上、使える配管は再度利用した。ボリュームの少なくなった給排水設備に引き換え、電気設備は動力も新たに引き込み、アイスクリームメーカーやエスプレッソマシン、オーディオ機器など店舗としてのニーズに応えた。
 工事中、前栽の心地良さや写真映えする佇まいに感銘を受けた店主からのリクエストで、縁側の先に造り付のベンチシートも追加した。庭や座敷を生かした京都店の目玉の一つになるだろうと言う。

 かくして、当初夏予定だった竣工は秋を過ぎて年明けになったが、店主が「京都の職人さんたちとともに総力を結集して創り上げた」と言う京都天狼院が1月27日にオープンした。場所は大和大路団栗下がる西側。ようやく全容を掴めた私の印象は、本をベースに派生した興味や趣味までも実現してくれる大人の遊び場だ。読むだけに留まらない「本の先にある体験」をのぞいてみたい方は是非。

 
南 麻衣子(京町家作事組)

2017.3.1