蘇った路地の町家 ─ 下京区・路地奥の借家設計・田中昇 一級建築士事務所/施工・潟Aラキ工務店 ■改修に至る経過
たまたまM君が勤務地の都合で昨年3月に退去することになったので、改修工事の計画を立てながら、情報センターを通じて次の入居者探しをしていたところ、ある席で友の会会員である学芸出版社の永井さんが入居を希望していることが判り、その後トントン拍子に入居が決まり改修工事に拍車がかかった。 この借家は明治末期ごろに建てられたものらしく相当に老朽化していた。M君の前に住んでいた独居老人は先代から数十年、好きなように修理増築を重ねて暮らしていたが、家主だった私の父も母も家賃統制令下の安い家賃ということもありそれを黙認していたようだ。便所には通り庭を下駄を履いて行かねばならず、ユニットバスも通り庭の外に設置され脱衣室がないので裸で通り庭を上がったり降りたり。また2階の床もひどく傾斜しているという状態であった。 M君の入居時にはまだ母の名義であり家事には比較的無頓着な独身男性ということもあって、畳の表替えや流し台の取り替え等の小規模の改修にとどめていた。しかし私がこの家を引き継ぎ、M君も退去するという事態になり思い切って改修工事に踏み切ることになった。普通の世帯が現代の生活が出来る家を目指した訳である。 ■改修の取り組みと工期 取り組みは、監修:京町家作事組、設計:田中昇一級建築士事務所、施工:潟Aラキ工務店と決め、3月末現場説明、4月中旬着工、6月上旬竣工。7月入居という経過を辿った。 この間、4月下旬に永井さんの入居希望が寄せられ現場視察、条件考慮の結果すぐに入居が決まったものである。 ■改修への想いと改修内容 改修に当たっては「安全性」「使い勝手の良さ」「快適性」を基本とした。私が発注者でもあるので「コスト」に留意した事は言うまでもない。改修内容の概要は下記のとおり。 ●浴室:既設のユニットバスをその場所で使用しガスボイラーは新規の機器に取り替え。新設した洗面室から同レベルのフローリング張りの通路を作り片開戸、カーテンを設置して脱衣室とした。採光のため脱衣室部分には天窓(ガラス瓦)を設置。 ●便所:既設の位置のまま入り口を座敷側に変更。床の高さを座敷と同じレベルにしてフローリング張り。壁もフローリング張り(床と同材)。洋風便器新設。 ●洗面室:台所の押入を撤去し床、壁にフローリングを張り、洗面化粧台を設置した。天井は軒裏板あらわしのままベンガラ塗り。 ●2階座敷の傾斜を修正。ジャッキアップはせず、梁上にスぺーサーをかませ畳下地を水平に張り直した。 ●その他:裏庭の樹木伐採、崩壊寸前の土塀の撤去、建具の調整、金物補充など。 なお、上記の他、入居者の永井さんの負担で網戸の新設、建具の増設などを行った。 ■改修を終えて 改修工事が終わり永井さんが入居されてから半年がたった。暑い夏から寒い冬まで過ごされた訳だが、今のところ「ご機嫌良く」住んでいただいている。勤務先にも近く、町内のお付き合いも仲良く、とりわけ建物と馴染んで「町家の生活にトライ」しておられる様子を伺って誠にうれしく思っている。この路地の町家も新しく蘇り、良い住み手を迎えることが出来て、さぞよろこんでいることだろう。 今回の事例報告が小規模の町家の改修を考えておられる方の参考になれば幸いである。
田中 昇(再生研、友の会会員。元作事組事務局長)
2010.3.1 |