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京町家再生研究会

山城路地のたぬきハウス

丹羽 結花(京町家再生研究会事務局)


 桜の季節を迎え、「京おどり」の華やかな雰囲気に包まれている五花街のひとつ宮川町。一歩中へ入ると両側に20軒もの町家が並ぶような深い路地がいくつもある。山城町の、そんな路地の奥にある町家が再生された。

 ドイツ人研究者ハラルド・フース氏は大学のプログラムで日本に長期滞在することになり、奥様の山本里佳さんと大学近辺を中心に住まいを探していたところ、この町家に出会った。場所は祇園に近く、風情もある。京阪電車の駅が近くにあり、交通も便利。鴨川沿いを上がっていくと大学にも行きやすい。だが、リフォーム済みという町家にはいろいろな問題があった。斜めになっている床に新しい畳が敷いてあったり、土壁が落ちたままの状態で上からパネルが貼ってあったり。2階には外階段から行かなければならない。そこで相談を受けた作事組で改修工事に入ることになった。

 長屋のひとつなので、壁や柱の一部は隣と共有。ゆがんだままで増築された2階までをきちんとするのは難しい。調整しながら構造改修をおこなった。

 長身のハラルドさんにあわせて天井高を確保するため、床のレベルを少し落としている。調達した建具にもかなり調整をして、きちんとおさめた。床はもちろん水平になり、土壁も塗り直した。古い形の照明もひとつひとつ凝っていて、ほんわかとした灯りがあたたかい。路地奥の小ぶりな町家とは思えない明るさと開放感がある。ゆがみをなんとか調節して、内階段を付け替えた。狭いながらもトイレとお風呂は分けて、きちんとした生活ができる空間になった。界隈の外観にあわせて表の格子は白木のまま。趣のある町家に蘇った。

 3月はじめに引っ越してきたが、冬の寒さはつらかった。1階に暖房を入れてもそれほど暖まらないが、寝室にしている2階はとても暖かくなる。町家の空気がどんな風に流れているのか、体感できた。春となった今はとても過ごしやすい。

猫の声、人の話し声などが驚くほどよく聞こえるのにはびっくりしたという。それも生活の一部になってきた。界隈には宮川町独特の生業とともに、ずっと住んできた職人さんなどの名残がまだある。濃密な近所づきあいにも慣れてきた。京都の奥深さをそのまま味わうことができるのもこの場所にある町家ならではの特徴といえる。

 ここで解題。ご夫妻が最初にこの町家を訪れた時、表で信楽焼のたぬきが迎えてくれた。ドイツではもちろんだが、関東出身の奥様にとってもたぬきの置物は珍しいという。そして中に入ると庭にも2体。運命的な出会いでもあった。あとで元の持ち主に伺ったところ、家族が残したタンスなどは処分できたが、どうしてもたぬき3体は処分できなかったという。処分してよい、と言われたのだが、たぬきに守られてきた町家であることを感じ、「たぬきハウス」として町家と一緒に大事にすることにした。現在、たぬき2体がいる庭を整備中。庭木を工夫して少ない光や風をいかした空間を検討している。

 ハラルドさんがお気に入りとして紹介してくださった写真は、表のガラス戸に界隈の町並みが写りこんだものだ。内部と外部が一体となっているその写真には、家の中で外部の音が響くことも、人の気配が感じられることもあるが、自分の家が界隈の中で生きていることを感じさせる、そんな町家の特徴が見事にとらえられている。

 

 この写真とともにハラルドさんが語られたのは、「日本人は何を大切にするのか、その一点がわからなくなっているのではないか」という思いだ。狭い空間を快適に過ごすには何が本当に大切かを見極める必要がある。たとえ質素であっても自分に大切なものだけに囲まれて生活する心地よさというものがある。物があふれるこの時代に古いものを少しでも長く慈しんで使うという楽しさ、そんなことを学ばせてくれるのも古い長屋に住む醍醐味。少しずつ失われつつある古い家や町、職人さんや町の人たちの心意気やこだわりに少しでも長く触れていたいという思いもある。

 先代たちが慈しみ、大切に育んできた有形無形の文化を継承するのは、なにも老舗の後継者にのみ課された責任ではなく、みんなが少しだけその家の歴史やそこに住んでいた人たちの姿に思いを馳せ、彼らが築き、守ってきたものを残してゆきたいと思うことができれば町家も継承されていくのではないだろうか。

 お二人のお話を伺いながら、便利な生活、お金になることが優先されて、生活にとって大切なことが昨今忘れられていることを痛感する。この精神が、町家再生に関わる人々にも見失われがちだ。空間体験のない若い人たち、老朽化してしまって本質を見失ってしまいがちな居住者などとともに、どのようにすれば大切な一点を取り戻せるのか、あるいは再認識できるのか、考えさせられる春の宵だった。

<丹羽 結花(京町家再生研究会事務局)>


2017.5.1