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京町家再生研究会

白川沿いの小さな居宅──堀池橋畔 Ay邸

末川 協(再生研幹事)

外観西より

外観南東より
 昨年の3月、京都信用金庫本店の若手の営業マンから連絡を頂けた。曰く三条支店のお得意さんから古い建物の改修の相談があり、紹介して良いかとのことだった。一昨年から改修をお手伝いしたお料理光安での京町家専用住宅ローンの担当だったのが氏で、当時は町家の再生と建築基準法の適用の解釈で喧々諤々の議論をしたこともあった。今回はローンも関係なく、町家再生に携わる技術者として相談に乗ってくれとのこと、京都的なご縁のつながりは知らない間に出来ているのだと驚いた。

 紹介頂いたAy氏から追ってご連絡を頂いた。聞くと物件は白川筋三条上ルだそうで、これはまたご近所と、打ち合わせの初日に自転車で現地に向かった。冷泉通と三条通の間の白川筋は車が通らず、戦前木造の建物がほとんど、町並みも白川に沿って綺麗に残る。地下鉄の東山駅から岡崎公園に行きかう人の流れも多い。自分も街中で飲んだ晩には好んで帰る道である。そんな道筋から堀池橋を下がったところにAy氏のご実家の立派な町家があり、そこでご相談を頂けた。

 お話を伺うと、ご実家から水車小屋を介して北隣、戦前木造の借家が空き家になっており、Ay氏のお嬢さんが直して住みたいと。堀池橋の南詰の瀟洒な居宅が相談の物件だった。白川に面し肘掛を張出した御茶屋風の小さな寄棟の造りで、もとより大好きな建物だった。相談を受けた時は、Mo邸の設計の山場で大船鉾の監理が始まる時、条件によってはお断りをせねばと思っていたが、受けるしかないと即断した。同時にこちらも信任を頂かなくてはならない。打ち合わせ途中に同じくご近所、蹴上のあずきやの女将に連絡し、今から相談者を連れて見学に向かう了解を頂いた。同席していたAy氏のお母様が、女将のお祖母さんと同級生だったとお話くださった。Ay氏のお嬢さんとお姉さんをあずきやの女将のお宅に案内し、改修の実例を見ていただけた。いつもながら、女将の明るい説明で、お二人には伝統軸組木造の伝統構法による今日の再生をありていに知って頂いた。

 果たして4月から設計開始、例によって建物の今後の存続を前提にした水仕舞いと構造改修を前提とした上で、お嬢さんの改修の要望を漏らさずに実現させることに向かった。NYに留学された経験をお持ちで、ご自身の判断基準をしっかりと持っておられた。内装は無垢の堅木の床貼りと漆喰の壁塗り、天井は和紙貼りで統一。他は大き目の浴室とモザイクタイル貼りの洗面化粧台の新設。そして伝統的な建物の外観に、小さな丸窓と両開きの玄関戸、レンガタイル貼りの塀を調和させること。一方伝統構法に関する範囲では、設計にすべてを信任頂けた。外観の復旧では肘掛の再生や雨戸の皿戸袋の復旧、柿渋塗りの板貼りや左官の仕上げ材など。設備も含めフルスペックの計画となったが、工事予算も了解頂けた。

 そして9月より工事開始。Mo邸と同じく若手大工親方が工事に向かった。予想外の困難が構造改修だった。小さい建物なので揚げ前もいがみ突きも容易、しかし壁が少ないので立ちが定まらない。隅柱を含めた通し柱がすべて3寸5分角に二方差や三方差、仕口の上下で1,2階、南北逆に倒れる癖があり、工事中、左官の仕上げまで仮設の筋交いが外せなかった。普段の町家の改修とは違う困難さだった。それら軸組間の荒壁の材料がやや悪かった。大正末から昭和の初めまで、東山の建物に時に見られる。10代の丁稚君が柿渋塗り、ベンガラ塗りと合せて下地編みに精を出し、荒壁の付け替えを行った。

 建物の改修でわかったことは白川の護岸整備と同時に建物が造られたこと、護岸の石積みの上にだけ土台が入っていた。棟梁塾の一期で手伝った西洞院の土手に乗る路地奥の物件でも盛土の上だけに栗の土台があった。そして建物下を流れる水路の存在。建物下に大きな敷石が見つかり、その下に流れる水音が聞こえる。古い井戸かと思ったがAy氏曰く水路の蓋ですと。元の通り蓋をして下水の配管はその枡を逃げた。

 構造改修の後、親方の不在を継いだ棟梁塾一期同期生OBが引渡しまで頑張り続けた。ゲンカン踏み込みのタイル、窓のステンドグラス、玄関の開き戸、各建具の型板ガラス、取手など、お嬢さんが、そのこだわりで次々と現場に集められた外国の骨董品を伝統的な和風の建物の内外に組み込んでいった。和洋の古いもの同士が不思議に調和する。設計者としても新鮮な驚きで、クライアントのこだわりから教わることが多かった。

 とにかく人通りの多い現場で目立つ建物、土曜日などは20人以上の人が工事の内容を覗かれて、尋ねていかれた。再生研の京極理事もその一人、普段より仲良くされる若手の大工と鉢合わせして、驚きも安心もされた。今年の2月に足場と養生シートを取った日には大勢の人から「綺麗になりましたね」と。生協の配達のお兄さんは「工事の最初からずっと見ていたんですよ」と。毎日現場を覗かれていたAy氏のお母様、職方にお茶を入れてくださった現場の向かいに住まれるお姉様も一安心されたよう、「日曜日には団体さんが建物を写生されていましたよ」と。そして3月には無事工事を完了、引き渡しを終えた。お嬢さんにも気に入っていただけたよう。多くの人に愛される大切な建物の改修の機会を頂けた施主に感謝します。

2014.7.1