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京町家再生研究会

現代の技術で安心感を得る――上京区C邸

丹羽結花(再生研究会幹事)

ファサード(写真すべて:アトリエRYO)
 車一台がようやく通るくらいの路地に面した仕舞多屋は大正12年建築、一列三室型で、門を入ると玄関小庭がある。フランスから来たC氏がこの町家に出会ったのは20年以上前。その後、当時住んでいたアイスランド人と入れ代わり、借りて住むようになった。結婚後、子供3人にも恵まれた。イタチやネズミに食糧を横取りされたり、隙間やゆがみがあったりしても、せっかく日本にいるのだから、日本らしい生活がしたい。日本画を学んでいた奥さまにとっても、続き間で引きをとって大きな絵を眺めることができる町家はアトリエとしてあこがれの存在だった。積極的な思いを持ち続け、子供たちの成長に応じて部屋の使い方を変えながら、14年間住んできた。

 改修のきっかけはガスの安全検診だった。複数個所で老朽化による微妙なガス漏れが発見された。電気も時々切れるところがある。この家で生まれ、「住んでくれるだけでありがたい」と言っていた家主も老いてきた。仕方がない、他の住まいを探し始めたが、疲れて帰宅すると「やっぱりうちはいいなあ」と思う。思い切って、家主の後見人である大阪在住の甥に「購入して住み続けたい」と申し入れた。古い家を住み継ぐことで京都に貢献でき、手放す罪悪感から逃れられるのではないか、と説得した。こうしてC氏は町家の所有者になり、安全で住みやすい町家に改修することが可能となった。


店の間から
 以前、工事現場を通りかかったことがある作事組に声をかけてみると、復元を目指しているという。欧州では外側を共有すれば中身は変えても構わないという町並みの文化があるので、少しとまどったが、設計、工務店と話し合ううちに、現代の生活にあい、気持ちよく住みたいという希望が形になっていった。住み慣れた家は、柱や基礎を入れ替え、構造をきちんとすると、まっすぐな家に生まれ変わった。隙間やネズミともサヨナラである。裏へ自転車をそのまま運べるように通り庭は土間のまま、現代的なキッチン設備を入れた。店の間、続き間に当たる部分も床を落として土間にした。いずれもコンクリートにワックスがけという仕上げである。コンクリートと構造体の関係も現代の技術で切り抜ける。おかげで背の高いC氏も室内をスムーズに行き来できるようになった。

 広い通り庭の北側部分にはロフトを設け、床の一部は格子にした。通り庭から渡り廊下へ行き来できるように開口部を設けることで、家全体の空気の流れも変わった。今年の暑い夏も、午前中はエアコンを入れずに過ごせた。2階の小屋裏にグラスウールを入れることで、2階居室の温度も以前ほど上がらなくなった。現代的な技術の導入や設計の工夫で、さらなる快適さを得ることができたのである。


店の間から玄関小庭を見る


通り庭から

 月に数回は友人たちが集まるが、「変わっても落ち着くね」と言われるとうれしい。コンクリートの土間が広がるといっても、モダンな感じというより、町家にしっくりとなじんでいる。もともと通り庭でくつろぎなかなか離れない友人たちをみて、土間の空間を居室部分に広げたいという思いがあった。そのようなもてなしの気持ちが土間の空間に反映されているからなのだろう。また、基本の形を守りながら、元あった床材やガラス戸も生かし、バランスを考えたデザインがなされているからこそ、新しい形にぴたりとおさまっているのだろう。リサイクルにより古いものを捨て去るという自分たちの罪悪感も消えた。いずれは冬に備えて薪ストーブを設置するのが夢だという。

 もうひとつの特徴は地域生活の重要な一翼を担っていることである。工事中から出入りしていたそうだが、近所の子供たちをはじめ、多くの子供たちが集まってくる。階段周りの柱にまとわりついている子供もいる。木のぬくもり、畳の感触を味わいながら、成長していくのだろうか。「門の戸が閉まっていると心配で寂しい」と言う近所のおばあちゃん。生活感に満ちているC家の存在そのものがご近所さんに安心をもたらしていることがわかる。

 構造改修を第一の目的としたので、見えないところにお金がかかることを実感したという。だが、再生された町家から得られた安心感は大きく、力強いメッセージも感じられる。経済優先で町家が壊されていく事実、それに反して安心で快適な町家が再生できることを私たちもアピールしていかなければならない。

2012.1.1