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京町家再生研究会

珠をつくり、つなぐように ─東山区/ぜにや祇園店

丹羽結花(再生研幹事)
吹き抜けの土間から茶の間を見る
お客様を迎える2階には本店のある本願寺界隈にみられる「吉原格子」を設けた。
   祇園石段下、四条から東大路を上がったところに昨年9月、ぜにや祇園店がオープンした。派手な看板や宣伝が見当たらないので、初めての人は少し入りづらいかもしれない。表のガラス戸からはミセノマの畳に座って作業している職人さんの姿が見える。ガラス戸をからりと開けると明るい声とともに色とりどりのお珠数が迎えてくれる。
 社長の北山さんは西本願寺前にある本店の町家を再生する過程で、設計の木下龍一氏に出会い、珠数屋ならではのみせづくりに共感、お客様にはミセノマでものづくりを見ていただき、別の場所でゆっくりと落ち着いていただくことを大切にした。このようなコンセプトは今回も踏襲されている。西本願寺前とは異なり、ほんもののものづくりがなかなか見えにくい祇園という町での新展開に際して、ビルの一角で商売をするよりも、地面に根付いた場所として町家にこだわったという。このあたりを何度か通ったことのある方なら、もとの八百屋さんをご記憶かもしれない。タイル張りのモダンな改修がなされており、最初見つけた時には町家かどうかも不安だったという。木下氏がめくってみると元々の造作がそのまま残っており、基本的にそれらを甦らせる形で再生が進められた。基本的な一列三室型だが、オクノマの横に張り出すような形でかぎ型に部屋がつながっており、オフィス部分とした。その他は1階、2階ともお客様が自由に出入りできるようになっている。
 さきほどのミセノマの畳の上や土間に置かれたいくつかのガラスケースにはできあがったお珠数が並んでいる。お客様は商品を選ぶだけではなく、宗旨や用途、TPOや好みに応じたお珠数をこの場で作っていただける。椅子に座るとちょうど職人さんの手元に目がいくように位置が工夫されており、語り合ううちに、自分のお珠数ができあがっていく。ものづくりの現場でお珠数を求めていただくことが、北山社長の一つの目的であった。
渡辺木材店 ファサード
職人さんが座って作業するミセノマ。数々の珠が並んでいる。
 そのためもあり、商品になる前の珠が種類別に一連になり、さまざまなガラスケースに並んでいる。石、琥珀、珊瑚、菩提樹の実、桃の種、香木など、由来も原産地も色も形も大きさもさまざまである。キラキラというよりも落ち着いた明るさをそれぞれの珠が秘めている。仏像が入っていたアンティークな棚や新しく海外の作家に依頼したものなど、お客様がのぞき込んだり、商品がきれいに見えたりする位置や形がよく吟味されている。だからこそ、珠の魅力が発揮されるのだろう。誰もがゆっくりと一つずつ、楽しみながら見ていくことができる。町家という建物が貢献している部分も大きい。階段は付け替えられているが、もとの吹き抜けを一部残したり、通り庭の吹き抜けを生かしたり、奥庭を復活させるなど、明かりが広がっていく空間がいくつか設けられている。
 たくさんの珠が並べられているのにはもう一つの目的がある。お珠数の背景である、文化や歴史を多くの人に伝えることである。1階の奥までは土足のまま歩いていけるが、2階への階段からは、内履きに替えて、上がっていく。3室がつながったフローリングの空間にもたくさんの珠や原材料が並んでいる。表の間にはソファや書棚もあり、くつろぎながらお珠数の背景に触れることができる。通りに面した大きな窓からは八坂神社の森が一望できる。生き生きとした美しい緑とこれからお珠数になる朽ちた木や実、そして石から磨かれた小さな珠の数々。誰もが長居したくなるだろう。
 お客様が珠数を求めたところで商売が成立しておしまいというわけではなく、それは新たな始まりであると北山社長はいう。珠数の糸が劣化すれば、修理していただける。また、お寺の修復過程で出たケヤキの古材を加工して、珠数に仕立て、有縁な方々にお使いいただくという仕事も手掛けられた。このような考え方から、ノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ女史の提唱するMOTTAINAI運動にも精神的な側面から応援している。珠をつなぐようにこの店から新しい出会いが生まれ、人と人とがつながっていく。お珠数によって、私たちの生活にとって大切な、忘れがちなことが目に見えるだけではなく、手に取ることによって、実感できるのである。
 この精神は町家再生にも通じることであり、みせづくりとものづくりが一体であることを教えてくれる。ものを売るため、見栄えがよくなるためだけの空間ではさびしい。少しの驚きと静かな落ち着きのある再生店舗が増えていけば、その意義もおのずと浸透していくのではないだろうか。  
2010.3.1