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京町家再生研究会

地域に根ざした町家再生 -中京区・ふれあい町家 蓮

丹羽結花(再生研究会幹事)
 御前通丸太町を下ると「有機野菜販売」ののぼりが見え、新しい出格子のある総二階の基本型町家が現れる。再生したばったり床几にはまるまるとした賀茂ナスの紫色が映える。引き戸を開けると土間の一室には大きなテーブル、続く奥の二間は畳間で、小さなお膳と座布団がきちんと並んでいる。土間の片隅にある冷蔵庫にはラムネの瓶。その上の棚にはオーディオデッキと昭和歌謡のCD がずらりと並んでいる。飲食店にしてはシンプルな「ふれあい町家 蓮」には懐かしい昭和の雰囲気がそれとなく漂っている。

改修前
改修後の外観
改修後
知人の手による前栽

 経営者の竹島さんは木屋町に料亭を構える女将さん。知人から空町家の相談を受け、情報センターの松井さんにみてもらったところ、今時珍しく、あまり改変の加えられていない昭和初期型の町家であることがわかった。作事組に必要な改修の試算もしてもらったが、「何とか残したい」という気持ちだけで走っても続かないことは、今までの商売の経験からよくわかっている。土地勘もない。
 そこで有機野菜を取り扱うかねてからの知人の協力を得て、軒下で野菜の販売を始めた。とにかく買って食べてもらわなければそのよさはわかってもらえないので、もうけは度外視した。もっと大切なこと、それはどのような人々が買ってくださるのか、地域にはどのような生活があるのか、それらをよく知るきっかけになることである。販売の合間に交わされる会話、通りがかった人々が応援して宣伝してくださるなど、地域にふさわしいあり方や人々とのつながりを一年間かけて作り上げていった。そうしてようやく実践にとりかかったのである。
 設計と工事は全面的に作事組に依頼した。思いと希望は伝えたが、具体的な形は任せたという。丁寧に使われていたので、内装はそれほど変えず、構造と屋根の改修に力を注いだ。隣のマンション建設で側柱が15センチも沈下していたが、これから先も生き残ることができる、しっかりした町家によみがえった。
 プレオープンでは造園家の知人が、庭を直したいと手を挙げてくれた。これも自分の思いを伝えただけで、あとはお任せしたところ、思っていた以上に豊かな庭に仕上がった。竹島さんは「この人なら大丈夫」と納得して初めて、仕事をお任せするという。施主の気持ちを形にできる人こそプロフェッショナルだと思うからだ。このようにさまざまな知人、専門家、地域の人々に支えられて、どことなく懐かしい町家ができあがっていった。「懐かしい」といっても今時はやりの「レトロな昭和」ではない。かつて本当に、しかも普通に存在していたものが、地域にしっかり根ざした再生を経たからからこそ、つくりものではない、生き生きとした町家によみがえったのだろう。

内観
2階 地域の方々が交流できる3室の貸しスペースでは、ヨガ体験も
*写真はすべて末川協提供

 お店では有機野菜を使った、体にいい普段着のおばんざいがいただける。近所の会社員、体に気を遣っている老夫婦などが通ってくださるようになった。昭和歌謡を流していると「そういえば!」と思い出話を始める人々も増えた。今ではこうして新しく来て下さる人々がさらなる人のつながりを築きつつある。それだけではなく時間のつながりも積み重なっていくのだろう。
 飲食店に変わる町家は増える一方だ。「レトロ」、「モダン」な町家も数多い。だが、何のための再生なのか、今一度、考え直す必要があるだろう。竹島さんは万一この商売がだめになることがあるとしても、この町家だけは残したいという。次に渡せることも考えた再生だからこそ、元々持っていた魅力を正しく見極め、生かすことができたのだろう。このような施主の気持ちを大切にして、さりげなくシンプルな、それでいて本来の力強さと落ち着きが感じられる町家再生が一つでも増えていくように努力していきたい。
2009.9.1