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京町家再生研究会

きちんとした住まい  ─下京区・安達邸

丹羽結花(再生研幹事)
 京都駅から徒歩圏内、大通りから一歩入ると意外に静かな通りに奥行きの浅い町家が連続している。腰壁に京格子のファサードがひときわ目立つ安達邸は2008年夏改修された。中に入るとキッチンとダイニング、リビングが一体となった、フローリングの大空間が広がっている。現代的なオーディオを完備しながら、建具や本棚、テーブルなど、ずっしりした重みと温かさのある木製品が並んでいる。アイランドキッチンについているカウンターはリビングの大きなテーブルと同じ高さにそろえてあり、さまざまなレイアウトが可能である。洗練された趣味の部屋でもあり、友人達と一緒に楽しめる空間でもあり、居心地のよい場所となっている。モダンな作りながら落ち着いた感じがするのはなぜだろう。技術と伝統が無理なく共存しているから、というだけではないようだ。
元の間取りを踏襲した談話室
安達邸外観

 三十代半ばの安達氏は学生時代を東京で過ごしたが、就職後、再び京都に戻ってきた。ご実家は既に三階建てに建て替えられており、近所に所有する「人に貸すには老朽化が激しい」築90年の空き家で一人暮らしをすることになった。十年あまり住み続けたが、家に居たいという気持ちにほとんどならなかった。だが、このままでいいのだろうか。つぶして建て替えてしまうという考えもあったが、なおせるものならいい家にしてみたい、と思い、身近な友人に相談したところ、伝統構法で町家の再生を手がける設計士と知遇を得た。一度は頓挫したが、二年後、再び決意して仕切り直し、今回の改築に至った。
 安達氏はイベントプランなどの仕事を手がけている会社員である。顧客にさまざまな提案をしているが、予算に見合ったプランをいくつか出す、というやり方はしていない。せっかく提案するのであれば、自信を持ってもっともいいプランを出すべきである。できあがったものから、価格などの折り合いをつけ、我慢する部分は削除するなどの工夫をしていくべきだ。そうでなければよいものは生まれない、という。
 改修にあたっても、この精神がもっとも肝要なところであった。一戸の家を改修するのだから、お金は確かにかかる。だからといって、始めからお金に見合った中途半端なことはしたくない。自分の思いを実現するようなフルプランをあげてくれること、その上でできることとできないことをじっくりと検討し、形にしてくれることを願った。「きちんとした家」にしておけば、万一、転勤になっても、適正な家賃で貸すことができる。これも安達氏にしてみればきわめて当たり前で、重要なことであった。

元の間取りを踏襲した談話室
テーブルとキッチン

 具体的にはそれほど現代的でないこと、冒頭の通り、LDK一体型にすることが目指された。昭和の初めに一度大きな改装がなされており、柱や壁など、原型とは異なる部分もあったが、必要な構造改修とも折り合いながら、計画が練り上げられていったという。このような計画は施主である安達氏、設計士、インテリアコーディネーター、そして大工さんたちが定期的に毎週必ずミーティングをおこない、実際にテーブル板を持ち込んで試行錯誤を繰り返しながら、実現されていった。施主のこだわりといえばそれまでだが、きちんとした家を造る過程としてはきわめて重要な点である。徹底的に討論して、試してみて、納得したものであるからこそ、うわついたモダンな造りではなく、落ち着いた空間になっているのだろう。また、建具や本棚などの家具も本物の木で本来のあり方に基づいて造られているからこそ、新しいデザインが生き、町家のなかにきちんとおさまっているのであろう。
 もう一つの難関はご両親であった。そもそも町家の改修には反対しておられた。勝手口の開け方など、細かいところでもさまざまな意見の食い違いがあった。このような違いも徹底的に話し合って解決していく。納得できる部分は受け入れ、どうしても無理なことは自分を通して来た。できあがったものを見て、初めてご両親は町家を再生することの意義を理解してくださったようだ。
 完成後、お隣さんから「お金も使いようやね」と言われたそうだ。このような「きちんとした家」が一つでも増えること、共感する人々が一人でも増えていくことが、町家再生の地道なありかたであり、王道なのであろう。安達氏のお話を伺いながら、再生の原点をみたような気がする。ものを造り上げていく施主の気持ちに報いること、そしてそのことになかなか気が付かなかったり、言葉にできなかったりする施主にきちんとした家の大切さを広めていく責任が私たちにはあるのだ。

2009.5.1