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京町家再生研究会

商い、住まう空間へ ─―まつひろ上七軒/ぎゃらりぃ和こころ

丹羽 結花(再生研究会幹事)
簾
上七軒では簾のすそを内側に巻き込む。
 上七軒にある築70年の元お茶屋が昨年12月、店舗とギャラリーに生まれ変わった。通りに面した主屋の1階はがま口を販売する店舗、2階はギャラリー、中庭を挟んだ離れはスタッフの控え室などに使われている。その奥にある別棟には、主屋に隣接した一軒路地から入るのだが、家族の住居となっている。
 当主の松井達彦氏は35才。口金やがま口を取り扱うまつひろ商店の後継者。「新たな店は町家で出したい」と自ら自転車を走らせながら物件を探していた。この町家と巡り会ったきっかけは奥さんの愛さん。独身時代から紫竹にある長屋の一軒でギャラリーを営み、住んでいた。そのとき仲介した不動産屋、エステイト信さんがあまり公開せずに持っていた物件がこの町家だったという。
 昭和60年代にお茶屋をやめたあと、老婦人の一人住まいであった。奥の別棟に住む所有者が表と一緒に手放すことになり、一時は集合住宅の話もあったという。
 使っていない室内や中庭は荒れていたが、構造などはしっかりしていた。基本的に元に戻す形で改修する。大工さんも不動産屋さんの紹介でしっかりした人が来てくれたという。ファサードは行政の補助も使って全面的に直してさび壁にした。屋根はすべて葺き替え、樋を新調した。内部では通り庭の床を土間に戻し、タイルの流しを新たに積み上げた。中庭の木々を剪定して、紅葉を新たに植えた。
 松井氏には大工の経験がある。見えないところにお金がかかること、時間がかかることを厭わなかった。「古いものはやっぱりいい」と改修の間も様々なことを職人さんから学ぶ。また、かつて先斗町歌舞練場で大道具の仕事をしていた経験もあり、上七軒という花街特有の地域性やしきたりにも無理なく対応できたという。これまでのすべての経験がこの町家につながっているかのようだ。
 華美なところはなく、さっぱりとしている空間。松井氏の淡々と落ち着いた語りからも、すっと無理なくおさまっておられることがわかる。理由の一つは、住まいが同じ敷地内にありながら、ある程度の線引きができていることにあるようだ。生活と商いのバランスやけじめがつけられる町家の造りが生きている。幼児と新しい家族の誕生を待つばかりの奥さんにとっても、この距離感はありがたいという。
2階ギャラリー
2階ギャラリー。板の間は舞妓さんや芸妓さんが舞っていたところ。
 1階の店舗は通り庭と畳の室であり、買い物客は履き物を脱いであがる。部屋には色とりどりのがま口が引き出しや棚、トレイに整然と並んでいる。目移りするというよりも、一つ一つ手にとってみたい気分になる。家族であれこれ選び、語り合っている様子が見受けられた。2階はお茶屋の間取りをそのまま残している。余分なものはなく、夏の建具替えを終え、さわやかな空気が流れている。
 中庭に面した窓は開け放たれ、時折降る雨の音を聞きながら、話は町家を巡る現状にも及ぶ。行政の対策、住まわれていない町家が流通することなくつぶれていく現実などが重たい課題として立ち現れる。商いをしていないと町家の維持は難しいと痛感しておられる。古いものは確かにいい。だが、今建てるものが50年後、100年後によい町家として残るように、新しいものが元の形で建てられるようになれば、町並みもよくなるのではないだろうか、とおっしゃられる。
  町家は単なる器ではない。人と人のつながりの中で命を得ていく。そしてそこに生活する人のこれまでの体験がこの空間の中で息づいていくのであろう。人々の縁の中で心地よい空間が守られ、作られていくのである。

2007.7.1