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京町家再生研究会

京のお茶屋でタイ宮廷料理 ─下京区・佛沙羅館

内田康博(京町家再生研究会幹事)

ファサード(写真:内田康博)
 今回は、京町家でタイ料理レストランをされている佛沙羅館さんを訪問した。木屋町通松原上ルの飲食店街にあって、路地の奥に位置するお茶屋の形式で、鴨川に面してひろい川床をもっている。一、二階それぞれ六畳の二室が長手を鴨川に接し、床脇以外は全面開口となっているので、どこに座っても眺めが素晴しく気持ちよい。すべての客室から鴨川と東山の景色を一望できる。改装にあたってこの開口部を最大限に生かし、一、二階とも雪見障子の外側に大きな1枚のガラスをはめ込み、半間のガラスの引き戸を一部屋1箇所に絞っている。ガラスの引戸を開ければ十分な通風が得られ、閉めれば巾一間半、床から鴨居までの大きな開口いっぱいに景色が楽しめる。訪問の日は曇りがちで小雨やミゾレが降ったりやんだりの天気であったが、それでも刻一刻とうつりかわる雲の様子や日差しの変化が身近に感じられ、先ほどまで眼前に迫っていた東山は雪が降れば一転してなにもなかったかのように姿を隠し、千変万化の絵のような風景である。お店を取り仕切っておられる奥様は、1年中、四季折々、季節ごとに色の変わる東山や空の色は見ていて飽きないとのこと。うらやましい限りである。冬の曇り空の下、移り変わる景色に誘われるまま、川床に出てみると眺望は一段と素晴しく、冷たい風も心地よく感じる。もちろん夏場は川床を広々と出して、お客さんにはとても喜ばれて盛況とのこと。夏でも冷房なしで涼しい川床は本当にすばらしいと奥様は強調されていた。

カウンターからの眺め(写真:内田康博)
 建物についてお聞きすると、木屋町でも有名な大工さんである北村伝次郎棟梁の手によるもので、築85年の月日に磨きをかけられた建物をお店に改装するのに、構想も含め1年程も費やしたとのこと。デザイナーに全面的にまかせてしまうのではなく、希望やアイデアを話し合いつつ作り上げた。基本の構造体は変更せず、特に川に面する開口には重量のあるガラスを入れるために床下の桁を入れ替えるなどの手当てを行った。一階の二室は、掘りごたつ形式にしたりカウンターをつくるために一部床を下げるなどの改装を行ったが、間取りはほぼ元のままで、床の間周りなど元々のお茶屋さんのしつらいや雰囲気をそのまま生かしている。大型のこたつ形式のテーブルは30センチ角ほどもある古民家の大黒柱を4枚に割って組み合わせ、カウンターの天板も天然の一枚板を使用している。一階は二つの部屋と廊下の間の建具をはずし、かわりに取り外し可能の柱を移動して煤竹とあわせて見通しのきく間仕切りをつくるなど、全体として開放的なつくりになっている。二階は廊下の床に一階の廊下の床板を転用する以外に大きな変更はないようである。間仕切りの襖や地袋に使われていた唐長の唐紙はそのまま生かし、一段と味わいのある色合いが楽しめる。また、元々階毎にあったトイレをすこし広げるにあたり、ドアにいらなくなった物入の引戸を転用するなど、使われていた材料を大切にされている。新たな照明器具は和紙などの温かみのある素材が使われている。部屋の各所にタイの美術品が配置され、確かにタイ料理のお店であるが、元々のお茶屋としての遊びのあるしつらいと違和感なく同居している。日々お店を守るなかで、自然の素材からはパワーがもらえる感じがする、天然の材料は本当にすばらしいことを実感するとのこと。はじめてきたお客さんが、自分の家のように居心地がいいといって、なかなか帰らないそうだ。
 ここ数年、町家を改装したレストランやカフェ、ブティックなどが急速に増え、活況を呈している。町家が見直されるのはうれしいことではあるが、町家のよさを生かすも殺すも、ひとえに町家の使い手と作り手の考え方しだいであり、なかには構造上、防災上の不安を抱かせるような例もある。佛沙羅館さんでは、そのような流行の以前からお店を出されていて、古くても大切に使われてきた町家を生かし、素材を生かし、特徴を生かしてお店を営んでおられるように思った。そのように活用される建物もしあわせそうであり、とても寒い日に暖かく対応していただいた奥様もそこでお店を営むことにしあわせを感じておられる様子であった。
2006.3.1